第5話 ライバル店の正体



雪花が用意してくれたアパートに向かう道中、エイルハートの店構えによく似た洋菓子店を見つけ、俺は立ち止まった。


洋菓子店『ラ・ファール』


そういえば、去年、近所に新しくできた洋菓子店があったと聞かされていたけど。


「……なるほど。これがその例の店か」


窓を覗けば平日の昼間だというのに店内は多くの客でひしめき合い、ほとんどすべての席が埋め尽くされている。裏を返せば、エイルハートにいた客を根こそぎ奪われてしまったとも言えるが、商売である以上、それを恨んだりとやかく言うのは筋違いだろう。

弱者は、強者に喰われる。非情かもしれないが、それはいつの時代、どの国どの場所であっても不変の掟だ。


荷物の受け取りにはまだ時間がある。敵情視察もかねて俺は店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃいま…………せぇぇぇっ!?」


店に入った瞬間、俺と目が合ったホールスタッフとおぼしきメイド姿の女性が、素っ頓狂な声をあげた。その様子たるや、まるで幽霊でも見たかのような。


「あ、あのぅ……もしかして俺の背後になんか憑いてます……?」


死神に肩を叩かれる覚えはないのだが、今日のあの失態を鑑みるに、実は呪いに掛けられていたのかもしれない。いや、そうだ、そうに違いない。よくぞ気づいた。あとで神社にでも寄ってお祓いをしてもらおう。


「ゆ、悠人くん? もしかして、あたしのこと覚えてない?」

「えっ……」


俺の脳内フォルダに保存された人物像に検索をかけても、一致するマグショットは見当たらない。

けれど俺の名前を知ってる同業者であったり、諸々を勘案するとやはり知り合いなのだろう。


「……………………」

「3年前、エイルハートで一緒だった高梨たななしだよ、ほら!」


メイドさんは自分の髪を掻き上げて即席のサイドテールを作った。で、ようやく思い出した。


「……量産できないのはきついっすね」

「それは型無かたなし! はぁ……悠人くんは相変わらずだねー……」


両手を上げ、やれやれと呆れる仕草を見せるのは、俺の先輩で、名は高梨莉央たかなしりお。俺がまだエイルハートの厨房に立っていた頃、接客(ホール)を担当していた当時大学生のお姉さんだ。

わりとチャラついてそうな見た目と言葉遣いに反し、頼りがいのある姉御肌な性格と気配り上手の彼女目当てに、シフトを狙い撃ちする男性客もいたりいなかったり。


あの頃はちょっと短めの茶髪が印象的だったのに、この3年でえらく伸びたもんだ。改めて髪型は個人を特定するうえで重要なファクターであることを再認識させられた。


「もしかして、今まであたしのこと忘れてた?」

「そそそ、ソンナワケナイジャナイデスカー……」

「ふぅん。まあいいや。で、あっちはどう? 白人さんの彼女でもできた?」

「いえ、俺は昔から高梨先輩一筋っす」

「ははっ、ごめんねー」

「想像以上にストレート!」


手元でホップしちゃう。


「もうちょっとくらい夢見させてくださいよー」


後輩Cあたりの配役を意識しながらそう言うと、気心しれた菩薩ぼさつのように優しい先輩の顔から笑みが消えた。


「でも実際、あたしが本気で迫ったら悠人くん、絶対あたしから距離取るでしょ?」

「……………………お店、繁盛してますね」

「ほーら……フラれちゃった。本当は馬鹿がつくほど真面目なのに、そうやって誰ともいい雰囲気にならないように予防線張るところ、まったく変わってないよね」

「あんまり俺をイジメないでください」


別に意図して三枚目を演じてるつもりはなかったのだが、先輩は本当に人の細かいことによく気づく。だから、佳枝さんも彼女の接客に関しては、常に全幅の信頼を置いていた。


「お忙しいところをお邪魔してすみませんでした。また改めてご挨拶に伺いますので、今日はこれで……」


来てまだ数分だがこれ以上ここにいると、お互い痛くもない腹を探る羽目になりそうだ。そうでなくても先輩と親しげに話してるだけで周囲――主に男性客を中心に、般若みたいな顔が俺に向けられてるような気がして、さっきから背筋が寒い。このままだと俺、本当に呪われるかもしんない。


「ごめんごめんっ! というか悠人くん、あたしじゃなくてうちのオーナーに会いに来たんだよね? いま呼んでくるからちょっと待っててね!」

「え、ちょ……せんぱ――」


引き留める間もなく行ってしまった。

てかあの先輩、面識のないライバル店のオーナーと俺をかち合わせていったい何がしたいんだろう? ひょっとして俺が畏縮したダンゴムシになるのを見てほくそ笑む趣味でもあったのかしら。


『オーナー! ちょっといいですか!』

『先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて』


厨房に耳を傾けると、女性2人の声がした。で、会話がちょっとヘンだ。相手はオーナーなのに、高梨先輩を先輩と呼んでいる。というか、この声、聞き覚えがあるぞ……いや、でも、そんな、まさか、ねえ……?


『オーナー、お願いですから冷静に聞いてくださいね? いいですか?』

『なんなんですか、もったいぶって。私は大抵のことでは驚かないので、いいから早く言ってください』

『悠人くんが来てます!』

『……………………いま、なんて言いましたか?』

『桂木悠人が――』

『!!!』


がしゃん! どったんばったん! がっしゃん!


「……………………」


いやぁ、荒れてます。厨房からパレットナイフを落とした音やら、ボウルをひっくり返す音で溢れてます。


『だから冷静にって言ったのに……』


先輩の声が、空しくも厨房に響き渡る。


やがて嵐が治まると、厨房ドアの隙間から3本の白い指が静かに顔を覗かせた。


「悠人。3分、そこで3分待っていなさい。いいわね?」

「ちなみに3分後いなかったらどうなりますか?」

「…………」


首をあれしちゃうハンドジェスチャーが示された。


……なんてこったい。恩師の店を火の車にしていたのは、なんと俺の幼馴染みだった。

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