書庫番《ビブリオテーカ》と手を繋ぐ

空烏 有架(カラクロアリカ)

0-0 ✦ 雄弁は銀、沈黙は金、嘘吐きはオリハルコン

「雄弁は銀、沈黙は金、嘘吐きはオリハルコン……ってね」

「俺が知ってんのと違う」

「そりゃそうよ、私が考えたんだもの」


 四面に氷水晶を嵌め込んだ読書灯。昼間でも陽が射し込まない暗い部屋で、古びた本を持つ少女。傍らには湯気の絶えたぬるい紅茶と、凶悪なほど水分を奪う焼菓子スコーンが一切れ。

 壁際に積まれた古書の山がカビ臭い。よくこんな場所に長時間居られるものだと毎回思う。


「くだらんこと言ってないでたまには外に出ろ。今日で何日引き籠ってんだ」

「さあ、星暦票カレンダーないし」

「……つーかちゃんと風呂は入ってるよな? どっかキノコとか生えてないか?」

「失礼な。ていうかそれセクハラ」

「悔しけりゃ少しは太陽浴びろ、名誉ヴァンパイア」


 彼女はむすっとしていたが、こちらが差し出した手を案外素直に取った。同時にパン、と小気味いい音を立てて閉じた魔導書からは多量の埃が舞ったわけだが。……肺病むぞ。

 存在そのものが毒物一歩手前の古文書は机に置き、冷めたティーセットも置き去りに外へ。


 書庫の扉は重い鉄製の引き戸で、がりがりと錆を削る音が耳に痛い。壁も石造りだし、内装は牢獄のそれ、まともな人間が暮らす環境ではない。

 我が儘ヒキコモリ味覚音痴疑惑の本の虫、超がつくほどの変人にとっては楽園だそうだが。

 古の魔導書が山ほどあるからだ。呪いやらなんやらの都合で持ち出し不可、触れるだけで魔力を喰らう。それらの管理人として、厳しい条件を満たしたごくわずかな適応者のうち、喜んで立候補した狂人がこれである。


 寒々しい廊下を歩いている間、彼女は一言も発さなかった。

 繋いだ手にきゅっと力が入っているところだけはいじらしさを感じないでもない。かれこれ一ヶ月近く顔も出せなかったから寂しかったんだろう、……俺以外にこんな場所を尋ねてやる暇人はそういないから。


「ほら、ちゃんと世界を見な。本の中より綺麗だろ」


 表扉を開け放てば一面に淡い桃色の花が咲き乱れている。吹き込んできた花風に髪を踊らせる彼女は、まあ黙ってりゃ見られる顔だ。


「……そういうとこ、けっこう好き」

「……。えっ? ……あ、なんだよ、急に」

「ふ。……万愚節エイプリル・フール、お馬鹿さん」

「んなッ、てめ」


 真っ赤になった俺を見て、彼女は笑う。指先でくるくる回しているのは携帯型の星暦票。

 やり返そうにも言葉が出てこない雄弁未満の俺に、彼女はまだ悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、とどめとばかりに囁いた。


「――でも、もう昼は過ぎたでしょ?」

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