オーバー・ザ・グリーンフラッシュ

 猫の肉球が差す彼方、たどり着いてみるとそこは、こじんまりとした神殿のようだった。


 海のほとりのすぐ近くに立っており、曲線に並ぶ城壁のさらに向こうには、大理石の床と、真ん中には、大きな丸い池のようなものがあった。


 一見池のようなそれは、よく見ればきらきらと満天の星が輝いていた。水鏡の間は吹き抜けになっていて、むしろ中庭のようであった。


「ここにいたんだ」


 その人は水鏡を覗き込んでいる人影に声を掛けた。


「まさかキミが来るとは」


 人影――かつて王子と呼ばれたその人は、夜空の星のように煌めく琥珀の瞳を客人に向けると、足元にすり寄ってきた猫をそっと撫でた。


「僕だって。そのまさかだよ」

「どうしてここが?」

「その子に聞いてみたら?」


 客人はよくわからないとでも言いたげに肩をすくめると、手に持っていた黄色いメガホンを差し出した。他に出来ることといえばこれくらいであった。


「……は?」

「置いてくるのもなんだから持ってきちゃった。はいコレ」

「これっていわれても」

「いいから。あとはその子に聞いて――」


 客人は王子に歩み寄ると黄色いメガホンを押し付けた。


「今度は君の番」




   




 静まり返った神殿で、王子と入れ替わったその人はしばらく水鏡の星たちと戯れていた。


 海と繋がっているようだが水は別段しょっぱくもない。雨水だろうか――?


 しばらくとりとめもないことを考えていたものの、疲れてきたのかその人はそのうちぐだぐだと床の上へ寝っ転がった。

 しまいには大理石の赤と緑に煌めくマーブル模様を意味もなく指でなぞりはじめた。


 と、その時。


 カツン――


 寝返りを打った拍子に懐から赤く煌めく鈿が転がり落ちて、その人は我に返った。


 そういえばあの人から願い事を伝えるように言われていたっけ――。


「あやうく血まみれになるところだった……」


 あぶないあぶないと独りごちながら鈿を握りしめると、その人は寝っ転がったまま水鏡の縁の大理石に何やら文字を刻みはじめた。


 水面で煌めく満天の星をそよ風が揺らすころ、東の空には赤い星が輝きはじめていた。


「出来たー……」

 

 その人は一仕事終えたとばかりに鈿を投げ出すと、大理石の上へごろんと大の字になった。


 気づけば満天の星は影を潜め、薄明の空には一等明るい赤い星が輝いている。


「デアエクスマキナ、なんてね」


 舞台の外から届くかどうかもわからない台詞を天に向かってそっと呟くと、その人は眠りにつくように静かに息を吐いた。

 あの赤い火花のようなきらめきを夢見ながら。

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