anarkhia
「その通りかかった人って警官だったりしません?」
黄色いメガホンをガシガシする女性の手元を見つめながらマヌーは尋ねた。
「ああそうそう警官、その事なんだけど」
「やっぱり!」
またあのしょうもない警官!
マヌーは悔し紛れに鍵のようなものを勢いよく回した。ある意味とらわれているのだろう。
「それでその警官なんだけど。そもそもこの街に警官なんているはずないのよ、国が無いんだから」
「……え?」
不意にカチッとハマる音がして、鍵のようなものは突然チカチカと点滅を始めた。
青と白の光が妙に電子的だなとマヌーは思った。
「国家警察もないのに、ましてやフィルムコミッションなんてねぇ。おかげでロケハン大変だったら――」
「国が……ない……?」
「ふふふ、もしかして君歴史の授業で漫画読みふけってたタイプ?」
「いや、その」
「まあ私も人のこと言えないけどさ。なんでもこの街を最初に作った神様が古代ギリシャ風にしたかったらしいの」
「神様……」
マヌーは遥か昔を思った。そういえばろくに知りもしないのにこの街を古代ギリシャ風の設定にしようと決めたのは他でもない自分ではなかったか。
「ほら、この世界では最初に舞台を作った人への敬意を込めてそう呼ぶでしょう?」
「あー……そう、みたいですね」
「だからその設定を引き継いでこの街はいまだにメトロポリスって、一体どんな神様よねぇ? 一度でいいから会ってみたいわ。このメガホンで頭かち割ってやる! なんてね、ふふふ」
「……」
国が無いといえば古代ギリシャのメトロポリス。国がある世界に生まれ育ったマヌーにとっては、遥か遠い世界のことのように思われた。
が、シェイクスピアのロミオとジュリエットの舞台がまだ都市国家だった頃のイタリアであることを思えば、そんなに遠い世界でもないのかもしれなかった。
「お兄さん大丈夫? なんだか急に顔色が」
「え……? あ、いやたぶんこの鍵の光が反射して」
青白い点滅を見つめるマヌーの額には冷や汗が浮かんでいた。
不意に訪れた沈黙にマヌーが思わず天を仰ぐと、となりの女性もつられたように夜空を見上げた。
気づけばチャンバラをしていた男性たちは一斉に手を止め、なにやら不安げに宙を見つめている。
長い沈黙のあと静寂を破ったのは、天から覆い被さるように降ってきた電子的な音声だった。
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