浪漫屋

「この半熟野郎! もっと斬り込めよもっとー」

「すみません! もう一度お願いします!」

「ったく。次こそちゃんとやれよー」

「はい、よろしくお願いしますっ!」

「おー」


 マヌーの驚いたことには、坂の上の寂れた広場はすっかり小洒落た公園になっていた。


 噴水を中央に左右対称にのびる小径はよく見れば所々違っていて、脇には深緑色の猫足ベンチが等間隔に並んでいた。


 ほのかに漂う花の香りはバラだろうか。


 特に花に詳しくないマヌーにも、早咲きのバラは瑞々しく感じられた。


 随所に植えられた赤と白のバラと、東の一角にある古民家のガラスの微かな揺らぎが、どこか浪漫的な、和洋折衷な時代の趣きを感じさせた。

 

 小径をすすみながらマヌーは、ピンクの花びらの上を滴が五彩に煌めきながら落ちていくのを見た。







 ふと、公園の奥に西洋風の白い家が見えた。


 木造二階建てのそれは、スレート葺きで、バルコニーのすぐ下には、正面玄関から張り出すように車寄せの塔屋がついていた。


 雨も降ってないのに張り出した屋根の下で一列に並んで雨避けをしているのは誰だろう。


 マヌーは不思議に思ったが、近づいてみればなんのことはない、それは人ではなかった。

 なにやら重そうで高そうな、ゴロゴロしている機械であった。


 不意にエントランス脇にある縦長の窓が気になって、マヌーはガラスにへばりつくようにして中を覗き込んだ。


 欄間から差し込む星明りのおかげで覗くのに苦労はしなかったが(深淵の街は年中夜であったので)、こんなところにチアキがいるはずもない、ガラスの向こうにはグランドピアノとなにやら紫と黄緑の色がほの見えた。ステンドグラスだろうか。


 こんなところでお茶でも飲みながらゆっくりできたら素敵だな。


 マヌーは彼方の世界を思った。飛び交う台詞こそ物騒であったが、庭園風の公園の瀟洒な雰囲気は、ロマンチストでリアリストな彼の思い描く西洋館のイメージそのものであった。

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