双璧のメレザ
高嶺バシク
序章 継承
第1話 一日の始まり
女神様が授けてくれたものは、まさに奇跡と呼べる程の力で。みんなは救われて、悲しみは無くなって。みんながわたしに感謝して、誰もが女神様を崇めました。
でも、わたしは最近、疑ってしまう。
こんな酷い力を授けた女神様は心底、わたしの事を嫌ってるんじゃないかって。
目を開けると、お姉ちゃん。
「あっ、おはようキュアちゃん。少しうなされてたみたいだけど、大丈夫?」
「おはよう、お姉ちゃん。悪い夢は、見たかも」
よく覚えていないけど、なんとなく不安な気持ちだ。でも、心配して頭を撫でてくれるお姉ちゃんの手と、見つめる綺麗な赤い瞳の温かさを感じていたら、すぐに溶けて消えてしまった。
「でも大丈夫、元気元気っ」
起き上がり、両手を握って笑ってみせると、お姉ちゃんもいつものほんわか笑顔に戻った。わたしがベッドから落ちそうな勢いで飛び込むと、既に準備万端だったお姉ちゃんはしっかり受け止めてくれた。ふんわりした長い金髪と大きな胸がわたしを包む。
「ほんとだ、いつもの可愛いキュアちゃんね。ねぼすけのジェムくんも起こそうと思うけど、一緒に行く?」
素敵な提案に顔を上げると、微笑むお姉ちゃんの顔が視界に広がる。お姉ちゃんともっと一緒にいたいし、お兄ちゃんの朝の顔も見たくはあるけど、ここは我慢しておく。
「うーん……今日はわたしが朝食当番だから、お祈りの時間の前に食材を見ておきたいかも」
「そっか、分かった! キュアちゃんの料理、楽しみにしてるわね」
そう言って目を輝かせてから、お姉ちゃんがそっと体を離す。名残惜しいけど、甘えんぼさんと笑われたくはないので素直に離れる。
椅子を立ち、背中を向けたお姉ちゃんの白い修道服が翻り、光が無くとも輝いて見える。かっこいいなぁ。
不安な気持ちを浄化してくれたのもあり、今日は胸の中の想いが溢れ出る。
「お姉ちゃん、大好きっ」
振り返ったお姉ちゃんは目を丸くした後、にっこり笑って手を振った。
「うん、私もキュアちゃん大好きだよ! じゃ、またね」
ドアを優しく閉めてからゆっくり回されたドアノブ。温かい静寂に、わたしの心も満たされた。
長い髪を修道服に入れてフードを浅く被り、靴を履いて立ち上がる。日の出にはまだ早いけど、もう世界は明るい気がした。
「今日も一日、頑張ろう。笑顔笑顔っ」
いつものように、サクレリテス大聖堂で迎える朝。みんなで祈り、日の昇る頃に朝食を終えると、各々の役割を果たしに労働へ向かう。お姉ちゃんはわたしに一言声をかけた後、すぐに外へ出かけて行った。わたしはそれを礼拝堂から最後まで見送る。さてわたしもお掃除を始めようかなというところ、足音が聞こえてくる。
「レスカ様は日々、大活躍だそうですな」
穏やかに後ろから歩いてきたホルクスおじさまが、わたしの隣で止まった。顔の皺は多くとても高齢に見える。しかし細身で高身長、それでいて伸びた背筋から感じる、何にも動じない佇まいで見下ろされると、何も心配は要らないように思う。というか、わたしの物心ついた時から見た目が変わっていないようにも錯覚する。ふわりと柔らかそうな口髭も、記憶の中と一致した。
おじさまは前任の司教様だけど、今でも同じような事をしたりしなかったりしている、不思議な立ち位置の人だ。ちなみに今の司教様はわたしのお父さんだったりする。
「わたしも本人や皆さんから、話をよく聞いています。自慢で、憧れの姉です」
そう長々と喋る場でもないけれど、話しかけてくれたならわたしも返す。おじさまの自由な振舞いは、わたしたちを和ませてくれる。
「全属性魔法の適性。あれほど人々の生活を救い、頼れる存在もおりますまい。レイナ様も、良いものをお与えになった」
人々の使える魔法は基本、出生時に女神レイナ様によって決まっているもの。ただし例外として、太古より聖堂に属するわたしたちサクレリテスの血筋のものは、生まれて十年経過してから、改めてレイナ様がその人に合った能力を授けてくれる。
お姉ちゃんは火でも水でも何でも使えるようになってから、外で人々の悩みを解決する役目を受けている。ひとつに特化した魔法使いさんより力が弱かったりはするけど、生活の助けになる程度の力なんて、そこまで強くない方がむしろ良い。
「勿論、貴女の能力も頼りにしておりますぞ、キュアラ様。あれから信徒職がこちらの配属となりましたが、いかがですかな?」
別に立場は他のシスターさん達と変わらないから、様なんてつけられてもむずがゆい。おじさまは誰に対してもこうなんだけど。
「もう五年経ちますから。広々とした神聖な空間にも、すっかり慣れました。訪れる方々からも色々な話が聞けて、充実した時間です」
嘘は言わないようにする。能力について触れずに話したけど、おじさまは穏やかに笑ってくれた。
「ほっほ。いつの間に五年ですか。どうりで立派になられて。ならば他の方の成長も見ていくとしましょう。それでは」
「はい、それでは。ご加護がありますように」
背筋を綺麗に伸ばしたまま、おじさまは去っていった。一瞬憂鬱になりかけたけど、明るく振舞えただろうか。
「笑顔、笑顔」
お姉ちゃんのくれたおまじないを繰り返し唱え、気持ちをリセットする。さて改めてお掃除をしようかという所、聖堂の扉が少し強めに開かれ、中年くらいの男性が現れた。
今日は少し忙しいかも。新しい知識が得られるだろうかという期待半分、不安半分。わたしは自分の役目を全うすべく、彼のもとへ歩み寄った。
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