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怪しい島の話

眠らぬ街、歌舞伎町。

 ネオンきらめくこの街の一角に、ひっそりと佇む小さなクラブがあった。


 その名は、クラブRB。


 探偵やマジシャン、雀士にアスリートなど、個性的なキャストが働いている。そんな粒揃いなキャストを影で支えているボーイもまた、一風変わっていた。ミミズクのような見た目で、とにかくよく喋るのだ。

 「そんなことあるわけないじゃないですかー!ギャハハハハ!」

 店内には今日も彼の笑い声が響いている。

 そんな快活な彼に、

 「ブッコローくん」

 と、一人の初老の男性が声をかけた。

 「シゲさん!いらっしゃいませ!」

 ブッコローと呼ばれた彼は、急いで男性を席に案内する。

 どうやら、ブッコロー目当てにやってくる客も少なくないようだ。

 「シゲさん、こちら美園ちゃん。可愛いでしょ、目が大きくて。あっ、目が大きいのは僕も一緒か!アハハハハ!」

 ブッコローがシゲに美園を紹介したのは、三杯目の酒がなくなりかけているときだった。

 失礼しますと言いながら、美園は席に着いた。

 「美園ちゃんはね、最近入ったばかりの新人なんですけどね、なんでも、こういう仕事自体が初めらしいんですよ。だから不慣れな点もあるかと思いますが、シゲさん、ここは一つ、お手柔らかに頼みますよ〜」

 「よろしくお願いいたします」

 品のいい薄桃色のドレスに身を包みんだ美園は、緩く巻いたハーフアップの頭を深々と下げた。

 頑張ってくださいね、と美園を激励したシゲは、グラスの中身を一気に飲み干した。美園が空になったグラスに手を伸ばすと、シゲはやんわりとそれを制す。

 そして、少しだけ身を乗り出すようにブッコローに近づくと、こう切り出したのだ。

 「ブッコローくんは、自分の島を持ちたいと思ったことはないかね?」

 「しっ、しま…ですか?しまってアイランドの島ですか…?」

 シゲは静かに頷いた。

 「島……そうですねぇ…まぁ持てるなら持ちたいですよ。持ってて困るものでもないですし。でもさすがに島はね〜…」

 思ってもみなかった話をされて、ブッコローは返答に困っているようだった。

 そんなブッコローの様子に、シゲは優しく微笑んだ。

 「なぁに、そんなに難しく考えることはないよ。少し回りくどい聞き方をしてしまったが、実はね、友人がある島の買い手を探しているところなんだよ。買い手と言っても払う金額はタダ同然なんだが……ブッコローくんどうかな、この島を買わないかね?」

 「もぉシゲさんてばー、僕のことからかってるんですか〜?タダ同然の金額で島が手に入るなんて、そんな怪しい話、あるわけないじゃないですか〜」

 さらりと受け流すブッコローに、シゲは食い下がる。

 「さすがブッコローくん。君の言う通り、この話は極めて怪しい。なぜなら、すべての人がタダ同然で島を買える、というわけではないからね。島の長、つまり島主を決めるゲームに参加し、優勝した者にのみ、この島を買う権利が与えられるんだよ」

 「それはどんなゲームなんですか?」

 今まで黙って話を聞いていた美園が、シゲに問いかける。

 「それは私にも分からない。なんせ友人が考え出したことだからね。正直に話すと、私はこの島が喉から手が出るほど欲しい。しかし、どうしても外せない用事があって、島で開催されるゲームに参加することができないんだ」

 「その島っていうのはどの辺りにあるんですか?」

 「…もしかして美園ちゃん、この話に興味持っちゃったりしてるの?」

 「当たり前じゃないですか、ブッコロー先輩!」

 美園はブッコローのことを、ブッコロー先輩と呼んでいる。なんでも、この店に自分よりも先に勤めていたから、という理由らしい。

 「だって島ですよ!もしも沖縄とかの立地のいいところにある島なら、開発してリゾート地や観光地にできるじゃないですか!そしたら私たち、億万長者ですよ!」

 ブッコローには、美園の目に¥マークがギラついているのが見えた。

 「リゾート地ねぇ……シゲさん、もしかしてその島、沖縄にある、なんてことはないですよね…?」

 「いや~、美園さんは勘が鋭い。美園さんの読み通り、その島は沖縄にあるんだよ」

 「えぇぇぇぇー!」

 「やっぱり!ブッコロー先輩!一緒にゲームに参加しましょうよ!」

 美園はブッコローの手を取るとぐいっと距離を詰め、上目遣いで見つめた。

 潤んだ瞳に艶やかな唇、ふんわりと漂う甘くフローラルな美園の香りを感じたブッコローの頭には、邪な気持ちが芽生えていた。


 島云々の怪しい話は一旦置いといて、美園と一緒にゲームに参加するということは、開催地の島がある〝沖縄に二人で行く〟ということだ。それはつまり〝二人で沖縄を旅行する〟と言い換えても過言ではないだろう。そんな機会はめったにないし、ここだけの話、美園の顔がとてもタイプだった。普段とは違う美園の姿、例えば水着姿とか…もしかしたら別の姿なんかも見れるかもしれない…………


 「…ぱい!ブッコロー先輩!聞こえてますか!?」

 「きっ、聞こえてる!聞こえてる!」

 美園の声で現実に引き戻されたブッコローは、慌てて返事をした。

 「それで、ブッコロー先輩はゲームに参加するんですか?しないんですか?」

 「…美園ちゃんを一人で沖縄に行かせるわけにはいかないでしょ~」

 「じゃあ先輩も一緒に行ってくれるんですか!?」

 「しょうがないな~」

 「やったーー!ありがとうございます!ブッコロー先輩!」

 喜んでいる美園とだらしない表情をしているブッコロー。そんな二人の姿を、シゲはほくそ笑みながら見つめていた。

 

                  ※

 

 「せんぱーい、大丈夫ですかー?」

 「…みっ、美園ちゃんは平気なの?…ぉっ、おえぇぇぇ…」

 船酔いしたブッコローは、沖縄本島から三十分足らずの場所にある例の島に着くやいなや、早々に寝込んでいた。

 「もうしっかりしてくださいよー。私は港町出身で、小さい頃から船に乗っていたので全然平気です」

 「なるほど……うっ…」

 「こんなことなら船に乗らないで飛んでくればよか」

 「ぅっ、うっ…うぅうおぇぇぇええええー!」

 美園の声は、ブッコローが奏でる不快な音にかき消された。

 「ゲームが始まる夜までには治しておいてくださいね。せっかく沖縄に来たので、私はビーチで泳いできます」

 そう言い残すと、美園はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 なんだか、店で接する美園とは別人のように思えた。

 

 燦々と輝いていた太陽が水平線に沈む頃、ブッコローと美園の姿はホテルのコンベンションルームにあった。

 シゲからもらったゲームの参加要項には、ドレスコードについての記載があったので、ブッコローはダークスーツを、そして美園はレースアップのワンピースを着ていた。クラブRBで働く二人にとっては、いつも通りの服装だ。

 要項にはさらにこのような注意書きがあった。


 『必ず仮面を着用してゲームに臨むこと』


 ブッコローはいささか不審に思ったが、プライバシー保護のためなんじゃないですか、と美園に言われ、それもそうかと納得した。

 部屋のクローゼットにあったベネチアンマスクは、コロンビーナという顔の半分が覆われるタイプのものだった。着けると一気に非日常感が増したような気がした。


 会場には他の参加者と思われる面々も続々と集まってきていて、すでに熱気で満ち溢れていた。

 もちろん全員仮面を着けているため、素顔を窺い知ることはできない。

 仮面のせいだろうか、どことなくアダルトな雰囲気が漂っていた。

 「ブッコロー先輩、この料理美味しいですよ!先輩もどうですか?」

 「…僕はまだいいかなぁ…お腹空いてないんだよね…」

 美園は立食形式で振る舞われている料理を頬張っていた。

 吐き気は収まったブッコローだったが、体調は万全とは言えない。いや、むしろ不調だった。まだ寝ていたいというのが本音のところだったが、これ以上情けない姿は見せたくなかったので、それは黙っておくことにした。

 会場の照明が少しずつ落とされていく。

 そのライティングの動きに合わせて、進行役の女性が、パーティーなんかでよく耳にする挨拶で口火を切った。

 肝心のゲームの内容についての発表はまだかまだかと言わんばかりに、皆一様に聞き耳を立てている。どうやら、他の参加者たちにもゲームの内容は一切知らされていないようだった。

 「それではこれから、皆様お待ちかねの、ゲームの内容について発表したいと思います!」

 うぉおー!と、会場が一斉に沸いた。

 「ゲームの内容は至ってシンプルです。この――」

 進行役の女性がそう言ったとき、金色に輝くくす玉がぽこんと一つ、天井から垂れ下がってきた。

 「くす玉を割っていただきまーす!」

 しんと、会場が静まり返った。

 島を買う権利を賭けたゲームというからには、もっとこう肉体や頭脳を酷使する派手なものだと思っていたのだが、発表された内容は予想とはまったく異なるものだったからだ。完全に意表を突かれた参加者たちは、ポカンとした様子でくす玉を見つめていた。

 そのうち、会場にいた一人がこう言い出した。

 「もしかしたら、あのくす玉の中に島を買う権利書でも入っているんじゃないか!?」

 その言葉が会場の静寂を破り、あっと言う間にどよめきが広がった。

 ある者は組体操の人間円塔を作ってくす玉を割ればいいと言い出し、またある者はくす玉を吊るしているヒモを切ってしまえばいいと言い出した。挙句の果てに、テーブルにセッティングされていたシルバー類をくす玉に向かって投げ出す者まで現れ、

 「危ないだろ!」

 「なにやってるんだよ!」

 と、怒号まで飛ぶ始末。


 まさにカオスだった。

 そんな光景を横目に見ていた美園は、余裕そうな笑みを口元に浮かべていた。

 「ブッコロー先輩。このゲーム、私たちの優勝で間違いなしですね!」

 「え?どうして?」

 「だってブッコロー先輩は飛べるじゃないですか!ブッコロー先輩がバビュンとひとっ飛びして、くす玉からぶら下がってるヒモを引っ張る。そして、くす玉の下で待機している私が権利書を回収する!これ以上ないって言うくらいに完璧なチームワークだと思いませんか!?」

 そう説明した美園の言葉つきは、完全に勝利を確信したものだった。

 そんな美園に対してブッコローは悪びれもなくこう答えた。

 「あー、この羽?美園ちゃんには言ってなかったかもしれないんだけどさぁ、僕、飛べないんだよね~」

 「はぁぁぁあああああああああ!?」

 美園の猛々しい声が会場にこだました。

 何事かと、会場にいた参加者たちの視線が二人に注がれる。

 「美園ちゃん、静かに。まぁまぁ落ち着きなよ~」

 「落ち着いてなんかいられません!なんのためにブッコロー先輩を連れてきたと思ってるんですか!?ゲームに優勝して島を手に入れるためですよね!?」 

 美園のボルテージは上がっていく。

 「こうなったら…最終手段を使います」

 「最終、手段…?」

 くす玉を見上げた美園は、地上からくす玉までのおおよその距離を目算で割り出した。その距離、約七メートル。距離を割り出した美園は、今度は、自分の近くにあったテーブルやらイスやらを動かしていく。

 「美園ちゃん、何してるの?」

 「……」

 美園は答えなかった。

 美園が次に口を開いとき、美園の周りには半径二メートルの何もない空間が出来上がっていた。

 履いていた黒いヒールを脱ぎ、端の方に揃えて置きながら、

 「ブッコロー先輩」

 と、ブッコローの名前を呼んだのだ。

 自分の名前を呼ばれたブッコローは、美園の元に近づいてく。

 「どうしたの、美園ちゃん」

 「…先輩……手、繋いでもらえませんか?」

 「え?」

 「……手を、繋いで欲しいんです、私と…」

 美園はそう言うと、ブッコローに自身の手を差し出した。

 「てえぇっとぉ~…すぅ…て!手ね!手って、この手でいいの!?」

 自分の羽をパタパタと動かしながら、ブッコローは美園に問う。

 こくりと頷いた美園の頬は、心なしか赤く色づいているようにも見えた。

 気持ちが昂る。その昂りが、体全体を熱くさせた。もし美園と手を繋いでしまったら、昂った熱が暴走してしまうのではないかとブッコローは少しだけ不安になった。

 そんなブッコローの不安を包み込むかのように、美園は優しく羽で覆われた手を取る。

 美園の手は、ひんやりと冷たかった。

 

 『熱力学の第二法則-熱は高温から低温に移動し、その逆は決して起こらない―』

 

 ブッコローの手の熱が、冷たい美園の手を温めていく。それぞれの体温が溶け合い、そして混ざり合う。

 美園はより深くブッコローの手を握った。そして、

 「先輩!いいですか!現役時代を思い出して全力でいきますから、あとはよろしくお願いします!」

 そう言いながら、砲丸投げの要領でぐるんぐるんとブッコローと一緒に回転し出した。

 「え!?ぇぇえええちょっとぉぉおおぉぉおおぉぉおおおーーーー!」

 美園がぱっと手を離すと、ブッコローは勢いよく飛んでいった。

 こうなったらやるしかない、半ば自棄になったブッコローは、迫り来るくす玉に覚悟を決めた。

 羽では上手くヒモを引っ張れないので、咄嗟にくちばしで咥えてぶら下がる。すると――


 パカッ…


 くす玉が開いた。

 次の瞬間、ブッコローには極彩色の雨が降り注いだ。

 「せんぱーい!やりました!無事にゲットしましたよー!」

 紙吹雪に茫然としていたブッコローは、美園の声ではっと我に返った。

 声のする方向に視線を落とすと、そこには、白い封筒のようなものを振りかざしている美園の姿があった。

 

 「ブッコロー先輩が開けてください」

 そう言って美園は封筒をブッコローに差し出した。

 「美園ちゃんが開けなよ~」

 「先輩に開けてほしいんです」

 「そうなの?じゃあ…」

 ブッコローが封筒を開けると、中にはメッセージカードが入っていた。

 

 『祝!チャンネル登録者数二十万人突破!』

 

 「…え…これって…?」

 ブッコローが戸惑っていると、

 「おめでとうございまーす!」

 「おめでとー!」

 「これからも一緒に頑張ろうねー!」

 その場にいた全員がクラッカーを鳴らし、思い思いに祝いの言葉を口にした。

 ブッコローが周囲を見渡すと、皆一様に着けていた仮面を外す。そこには、よく見知った顔があった。

 「先輩がMCを務めてる『有隣堂しか知らない世界』のチャンネル登録者数二十万人突破を記念してお祝いしようってことになったんですけど、せっかくなら先輩にサプライズがしたいなって思ったんです。そこで有隣堂の皆さんにも協力していただいて…黙っててゴメンなさい」

 美園はぺろっと舌を出した。


 クラブRBのボーイとして働くブッコローのもう一つの顔。それは、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気ユーチューバーだったのだ。

 「…もしかして、このためにこの島へ…?」

 「はい!先輩、勘が鋭いからバレるんじゃないかって冷や冷やしましたよ~。今日は有隣堂の皆さんが主役のパーティーです!裏方は私たち、クラブRBのスタッフにお任せください!」

 美園はそう言うと、ブッコローのことを有隣堂スタッフの元へと誘った。

 そこには、いつもの調子を取り戻したブッコローの姿があった。

 「もうザキさんたちったら~、いつから企ててたんすか~?マジで全っ然分からなかったですって。皆、演技するの上手すぎでしょ~…え?そんなことないですってぇ~、アハハハハハ!」

 

 会場には深夜まで楽しそうな笑い声が響いていた。

 

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