第58話 デートの終わりに


 やってきた美人な店員さんは黙ったままジッとボクたちとグイグイ来ていた店員さんを見据えた。グイグイ来ていた店員さんはバツが悪そうに俯いていて、ボクまで美人な店員さんのオーラに圧倒された。



「お客様、大変申し訳ございません。そちらの商品のお買い上げですね?」


「はい」


「かしこまりました。他の商品はご覧になりますか?」


「いえ」


「では、お会計の方失礼いたしますね」



 美人な店員さんは武蔵くんに笑いかけると、武蔵くんをレジの方に誘導してから自分もレジに向かう。グイグイ来ていた店員さんを諫めるでもなく、圧で黙らせてしまった。ボクは圧倒されつつ感心しながら2人の後を追った。


 美人な店員さんは手早くお会計をしてくれて、ついでに何やらチケットをくれた。ボクにはそれが何かよく分からなかったけれど、裏面の説明を読んだ武蔵くんの表情が少し綻んだから悪い物ではないと思う。


 お店を出て次の目的地に向かう途中、店員さんが武蔵くんにベタベタ触っていたところに目が行った。少し胸の奥がもやもやする。



「聖夜、どうした?」



 武蔵くんに呼ばれて顔を上げると思ったよりもずっと近くて恥ずかしくなる。慌てて距離を取ったけれど頬の火照りが治まらない。



「ごめん、ぼーっとしてた」


「俺の近くが良いの?」



 グイッと耳元に顔を近づけられて、少し掠れた声で囁かれる。思わず耳を抑えて飛び退くと、武蔵くんは満足そうに笑った。


 確かにもやもやしていたし、独占したくて武蔵くんに近づいたんだと思う。それを見透かされていそうで、なんとなくむかつく。



「もう近づかないもん」


「くくっ、そうか」



 絶対馬鹿にしてる。無理だと思ってる。


 目を細めて愉快そうに笑う武蔵くんはいつも以上に余裕がある。恋愛経験が全然ないって言ってたくせにリードもしてくれるし、余裕もあるし、翻弄しようとしてくるし。


 1度トイレに立ち寄らせてもらって顔を洗ったけれど、熱は一向に引く気配がない。鏡に映る自分の顔が幸せそうに緩んでいて恥ずかしい。少し時間をかけて表情だけでもまともに見えるように取り繕ってからトイレを出て、走ったみたいに荒く息をしている武蔵くんの元に戻った。



「どうしたの?」


「いや、ちょっと筋トレを。あ、あそこ入ろう」



 はぐらかされた気がするけれど、聞き返す間もなくマフラーを売るお店に入った。商品はどれもスタイリッシュなデザインで、壁のいたるところに金の装飾が輝く。良く言えばオシャレ、本音を言えば豪華で落ち着かない。


 興味本位で見てみた値札には5桁のものも混じっていて、気安く触れるのはやめておくことにする。



「武蔵くん、どんなの買うの?」


「普通に黒系のでかめのやつだな。レディースならストール型もあるけどメンズだと珍しいし」


「確かに」



 ボクが今持っているマフラーはストール型。姉ちゃんたちがレディースの商品から選んだボクでも使いやすいシンプルなものだ。あれは使い勝手も手触りも良いから気に入っている。



「ストール型って良いよね」


「ああ、便利だ。最悪上着を1枚忘れてもポンチョだと言って誤魔化せるしな」


「どんな誤魔化し方だよ」



 つい笑ってしまうと、武蔵くんはボクの顔を見て幸せそうに微笑んだ。それがなんだかむず痒くて視線を逸らすと、1本のマフラーが目に入った。紺のギンガムチェックに赤が差し色で入っていて可愛い。



「あれ可愛い」


「聖夜、巻いてみるか?」


「いや、でも……」


「巻くだけならタダだ」



 武蔵くんはそう言うと、近くにいた渋くてお店の雰囲気に似合った佇まいの店員さんに声を掛けた。そうなると巻かないことはできなくて、店員さんの手でグルグル巻きにされた。



「こちらストールとしてもご利用いただけます」


「本当だ」



 3分の1に折りたたまれたものを1度開いて見せてくれた。店員さんは柄を細かく見せてくれた後、また折りたたんでボクの首にゆったりと巻きつけてくれる。



「良いじゃん」


「本当?」



 武蔵くんの言葉に聞き返すと、つい漏れてしまっただけだったようで焦り出した。武蔵くんの様子を見ながら買ってしまおうかと悩む。だけど去年のマフラーがまだ使えることを思うと踏ん切りがつかない。


 武蔵くんに良いと言ってもらえたものは欲しいけど、姉ちゃんたちが選んでくれたものも大切にしたい。



「聖夜、俺に似合いそうなやつを選んでくれないか?」


「え? うん、もちろん」



 武蔵くんが突然話題を変えると、店員さんはマフラーをボクの首元からそっと外していなくなった。買うと言わなくてもその場が丸く収まったことにホッとして、改めて辺りを見回した。


 武蔵くんに似合いそうなもの、と考えながら見るけれど、どれも似合いそうで困ってしまう。何度も試着させるわけにもいかないし、値段も気になるところだし。唸っていると、武蔵くんが1つのラックの傍に寄って行った。



「聖夜、これかこれ、あとこれ。どれが良い?」



 武蔵くんはそう言いながら3本の単色のマフラーを手に取った。黒か紺かカーキか。黒は艶のあるさっき買ったコートに近い色で、紺とカーキは深みのある黒に近い色合いだった。


 どれも当然のように手触りは良くて、柔らかな肌心地で寒さから守ってくれそうだ。お値段も値下げされていることもあって高校生に優しいお手頃なもの。


 正直どれも似合うと思う。漆のような艶のある黒は力強さを、夜空のような紺は美しさを、渋みのあるお茶のようなカーキは不器用な優しさを。それぞれ武蔵くんらしい色だ。もしもその中から1つを選ぶなら。



「カーキかな」


「意外」


「そう? なんか優しい色で武蔵くんっぽいじゃん」


「そうか」



 武蔵くんは照れ臭そうにはにかむと、店員さんを呼んでカーキのマフラーを試着した。巻くだけで武蔵くんの周りがふんわりと柔らかくなった気がする。



「格好良い?」


「すごく」


「すみません、これください」


「かしこまりました」



 即決した武蔵くんは、お会計に向かいながらチラッと時間を確認した。ボクもつられて時計を見ると、そろそろ4時半になろうというところ。


 お店の数はそこまで回っていないけれど、如何せんショッピングモール自体が広いし、さっきのお店ではだいぶじっくり時間をかけた。とはいえここまで時間が経っているとは思わなかったけれど。


 そろそろデートが終わる。ついため息を漏らした。



「聖夜、行くぞ」



 お会計を終えた武蔵くんが何やら焦った様子でボクを手招く。



「どうしたの?」


「いや、ちょっと……とりあえず急ぎ足で行くからついてきて」



 ろくに説明もされないまま、早足で歩く武蔵くんの後ろを離されないようについて行く。日曜日だし人も多くて途中で武蔵くんの背中を見失いかけた。



「武蔵くん、ちょっと待って!」


「悪い、でも、急がないと」



 武蔵くんはそう言うと、ボクの手をとってそのまま人波をかき分けていく。繋がれた手が熱い。結構人目についてしまうんじゃないかと思うけれど、武蔵くんはそれを気にする様子もなく前を歩く。


 きっと気が回っていないだけなんだろうけど、人目を気にせずに手を繋いでいられるこの時間を大切にしたいと思った。そう、確かにそう思った。けれど武蔵くんはズンズンと先に行ってしまう。正直ボクはついて行くだけで必死だった。


 エスカレーターに乗ると1度立ち止まれる。息を整えていると、武蔵くんが申し訳なさそうにボクの顔を覗き込んでくる。



「大丈夫か?」



 大丈夫と言って安心させてあげたかったけれど、息が切れて上手く言葉にならなくてただ頷くしかできない。それでも武蔵くんには伝わったようで、安心したように微笑んでくれた。



「ごめん、ちょっと時間無くて。あと少しだけ急げる?」



 内心嘘だろ、なんて思ったけれど、そんな気持ちはおくびにも出さないで笑い返した。


 エスカレーターを下りてまた急ぎ足で歩いて、着いた場所はフードコートだった。



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