第53話 お迎え
昇降口を出て正門を潜ると、夕凪姉ちゃんが立っていた。
「夕凪姉ちゃん!」
「聖夜! 怪我したって、大丈夫?」
夕凪姉ちゃんは駆け寄ってきて包帯を巻かれた手を心配そうに見る。
「大丈夫。ちょっと痛むけど、そこまでは酷くないって」
「そっか」
夕凪姉ちゃんはホッと胸を撫で下ろすと、ボクの後ろに立っていた粋先輩と武蔵くんに目を止めた。そしてそのままジーッと見つめたかと思うと、急にパチンと指を鳴らした。
「キリッとしててかっこいいのが武蔵くんで、柔らかい雰囲気でかっこいいのが粋くんだ。初めまして、聖夜の姉の夕凪です」
夕凪姉ちゃんは2人を的確に言い当てた。2人は驚いたようにぽかんと口を開けていたけれど、粋先輩がすぐにハッとして恭しく頭を下げた。
「初めまして。北条粋です。聖夜くんにはいつもお世話になっています」
「あ、えっと、鬼頭武蔵です。よろしくお願いします」
「やった、当たった。っと、2人は途中まで一緒なんだよね? 歩きながら話そうか。ここだと視線を集めちゃってるから。あ、聖夜の荷物。武蔵くん、ありがとうね」
夕凪姉ちゃんはマシンガンのように次々言葉を発していく。武蔵くんはそれに圧倒されてしまったのか、夕凪姉ちゃんがボクのリュックを受け取ろうと手を差し出してもぽかんとしてしまっていて反応できていない。
夕凪姉ちゃんもいつもはここまで早口に話すこともないんだけど、多分初めてボクのお付き合いしている人に会ってテンションが上がっているんだと思う。
「あの、途中まで持ちます」
「助かるけど、良いの?」
「はい。聖夜にしてあげられることはなるべくしてあげたいので」
武蔵くんの言葉にボクが驚いていると、夕凪姉ちゃんは満足げに笑った。
「じゃあ、よろしくね」
「はい」
武蔵くんはしっかりと頷くと2人分のリュックを背負いなおした。粋先輩はそっとそこに手を添えて背負いなおしやすいようにフォローしてくれていて、優しい2人の姿にちょっとだけ泣きそうになった。
ボクと夕凪姉ちゃんが前を歩いて粋先輩と武蔵くんが後ろを歩くという陣形で歩き始める。少し歩いて人通りがなくなった辺りに来ると、夕凪姉ちゃんはボクの肩に手を置いた。
「それで、聖夜はどうして怪我をしたの?」
夕凪姉ちゃんと目が合うと本気で心配してくれていることが伝わってきてホッとする。小さいときから1番歳が近いからと言ってよく一緒にいた。ボクが泣いているといつもこの真剣な目でボクを見つめて、大丈夫だって言ってくれた。
「何人かに囲まれちゃって。ちょっと押された拍子に転んでグキッとやっちゃった」
「え? そっか、事故じゃなかったんだ。ねえ、どうして囲まれるなんてことになったの?」
「それについては、本当に申し訳ありません」
夕凪姉ちゃんが眉を顰めた瞬間、後ろを歩いていた粋先輩が夕凪姉ちゃんを真っ直ぐ見据えて謝った。夕凪姉ちゃんは謝る粋先輩に鋭い視線を向けた。
「詳しく話してもらおうか」
口元だけニコリと笑った夕凪姉ちゃんに、粋先輩は一切怯むことなく頷いた。そしてそのまま事のあらましを説明した。ボクの身に起こったことから2人が到着したときの様子まで。ボクが過呼吸を起こして意識を失いかけたことも話してくれた。今度は立ち止まって頭を下げて謝った。
「僕がきちんと対処しておかなかったせいです。申し訳ありませんでした」
粋先輩は綺麗に90度のお辞儀をする。粋先輩は悪くない。そう言おうとしたけれど、武蔵くんに止められてしまった。
「多分、会長にとってけじめだから」
小声で教えてくれた言葉の意味は分かるような分からないような。分かることは、粋先輩がけじめをつけなくてはいけないと思うようなことは何もないということ。何度だって言うけれど、粋先輩は悪くない。
「なるほどねぇ」
夕凪姉ちゃんはそれだけ言うと、粋先輩の肩に手をポンと置いた。
「可愛い弟を助けてくれてありがとう」
「いえ……」
「この件はべつに粋くんは悪くないよ。って、そんなことは自分でも分かってるか。自分本位な理由で他人を傷つける下郎が悪い。それだけ。だからさ、私から言いたいのは、やっぱり助けてくれてありがとうなんだよね。もちろん、武蔵くんも」
夕凪姉ちゃんは武蔵くんにも微笑みかける。武蔵くんは戸惑った様子だったけれど素直に頷いた。
「今まで聖夜が意識を失ったって聞かされて迎えに行くことが多かったの。だから今回みたいに本人から怪我したって言われるなんて初めてで。気を失わなかったなら普通に転んで怪我したとか、そういうことなんじゃないかなって勝手に期待してた」
夕凪姉ちゃんは小学校のときも中学校のときも1番に駆けつけてくれた。保健室に運ばれるたびに、心配そうに走って来てくれたことを保健室の先生が教えてくれた。僕は意識がなかったけど、目が覚めたときに夕凪姉ちゃんがいてくれるとホッとした。
「聖夜がまだ辛くて怖い目に合わなければいけない意味が分からないとは思うけど、それと同時に、近くに助けてくれる人がいるんだって思ったら嬉しいと思った。聖夜が気を失わずにいられるくらい安心できる場所が家以外にもできたことが、本当に嬉しいんだ」
夕凪姉ちゃんの目尻には薄っすらと涙が滲んでいた。ボクはそれには見ないふりをした。その代わり、夕凪姉ちゃんに笑いかけた。
「2人だけじゃなくてね、月ちゃんと星ちゃんも、あと、委員会が同じ先輩たちも助けてくれたんだ」
「そっか。他にも頼れる人がいるんだね。良かった」
夕凪姉ちゃんは心から安堵してくれた。これまでずっと心配ばかりかけてしまったから、安心させてあげられることがボクも嬉しい。
「ねえ、2人とも、今日はこれから忙しい?」
再び歩き出した夕凪姉ちゃんはボクたちの前を後ろ歩きで進む。ニッと笑っていたずらっ子みたいに粋先輩と武蔵くんに話かける。
「すみません、今日は妹たちのご飯を作らなくてはいけなくて」
「僕もごめんなさい。今日は用事があって」
武蔵くんは御両親が遅くなるから今日は早く帰って乙葉さんと大和くんのご飯を用意しなければいけないと朝から言っていた。粋先輩は今日は御両親とお兄さんがみんな帰ってくるから憂鬱だと言っていた。
家事を完璧にこなした上で顔を合わせないようにしなければならないなんて、本当に意味が分からない話だ。粋先輩は憂鬱だと言ったけれど、本当はそんなものじゃないと思う。蓋をしているだけで、もっと言いたいことはあるんだと思う。勘だけど、この勘は無視してはいけない気がしている。
「そっか。まあみんな忙しいよね。それなら暇がある日で良いから今度うちにおいで」
「え?」
「良いんですか?」
「もちろん。お礼もしたいし、お姉ちゃんたちにも会わせたいから。こんな素敵な優しい人たちですよって。ね?」
突然の提案にボクも困惑した。もちろんいつかは2人を家に招待したいと思っていたし、機会があれば姉ちゃんたちにも紹介しようと思っていた。でもまさかすぐにとは思っていなかった。2人がそんなことを言わないと分かってはいるけれど、嫌だと思われていないか不安になる。
「よろこんで。後日お伺いさせていただきます」
「聖夜が良いと思うなら、俺は行きたいです」
ボクの不安を拭い去るような言葉にまた胸が熱くなる。本当に優しくて温かくて、大好きな人達だ。
夕凪姉ちゃんも満足気に頷いて、さっそく姉ちゃんたちに連絡を入れている。
「今度2人の都合が良い日に来て。いつ行きますって聖夜から教えてもらえればみんな集めておくから」
「ありがとうございます」
粋先輩は本当に嬉しそうな顔をしてくれている。武蔵くんも今からもうそわそわしてしまっている。なんだかホッとして、今日の嫌な視線が祓われた気がした。
「それじゃあ、俺はここで」
「うん、ありがとう。またね、武蔵くん」
「ああ。あ、会長、リュック任せます」
いつもの武蔵くんとの分かれ道、武蔵くんは粋先輩にボクのリュックを渡した。ここからは粋先輩が持ってくれるらしい。
そのまま3人で話をしながら駅まで下りた。
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