第51話 人ってことか
2時間目からは授業に出ようと思って保健室を出ると、ちょうど生徒指導室のドアが開いた。そこから出てきたのは粋先輩と蛍先輩、昴先輩、月ちゃん、星ちゃん。みんなはボクと武蔵くんに気が付くと駆け寄ってきてくれた。
「聖夜くん、授業行くんですか?」
「はい」
粋先輩が心配そうに顔を覗き込んできたから、大丈夫だと伝えたくて笑顔を作った。粋先輩はホッとしたように笑うとボクの頭を撫でてくれた。
「おい、怪我、大丈夫か?」
「うわあ、グルグル巻きだね。痛みは? 大丈夫?」
蛍先輩と昴先輩がグイグイ質問攻めにしてくるから、つい仰け反った。後ろにいた武蔵くんが支えてくれて、背中に触れた手の温かさに安心した。
「大丈夫、ではないですけど、骨折まではしていなかったので、しばらく安静にしていれば大丈夫みたいです。ただ、聖夜祭には間に合わなさそうですけど」
ボクの言葉に、2人は複雑そうな顔をした。だけど後ろに月ちゃんと星ちゃんがいるから特に何か言うことはなかった。人手不足はみんな分かっていることだ。申し訳ないな。
「まあ、そこはレオに相談してからだね」
「心配すんな。あいつなら、当日のことより聖夜の心配をするやつだから」
「はい、ありがとうございます」
レオ先輩はきっとそう言う人だと、出会って間もないボクでもそう思う。第一印象はただチャラい人だけど、接しているうちにその温かさに触れる。ギャップがあるところは武蔵くんと似ている。
「先輩方、そろそろ授業行った方が良いんじゃないんですか?」
「そうですよ。私たちはもう行きますよ。ね、セイ!」
「え、あ、うん」
両腕を月ちゃんと星ちゃんに掴まれて圧を掛けられる。2人とも美人だし可愛いから、その分余計に圧が怖い。だけど右腕を掴んでいる月ちゃんが手首を気にしてくれている優しさが伝わってくる。飴と鞭を同時にもらっている気分だ。
頷くしかできないボクを見てクスリと笑った粋先輩は、もう1度ボクの頭を撫でた。
「無理はしないでくださいね。柊さん、周さん。聖夜くんのこと、よろしくお願いしますね」
「任せてください!」
星ちゃんはピョンッと跳ねて胸を張った。その姿は愛らしくてつい頬が緩む。やっぱり可愛いって素敵なことだ。
「聖夜、無理に板書しようとすんなよ?」
「うん。聞いて覚えちゃうよ」
「それはそれですげぇな」
可笑しそうに笑った武蔵くんも頭を撫でてくれた。
手を振って本棟の方に向かった4人を見送って、ボクたちも自分の教室に向かう。
「月ちゃん、星ちゃん。来てくれてありがとうね」
「いや、遅くなってごめんね」
「ううん。2人が来てくれてホッとしたんだ。幻覚が見えていたのが消えて、本当に助かったんだよ。2人が来なかったら、多分気を失うところまで行っていたと思うから。本当にありがとう」
今まで幻覚が見えてから意識を失わなかったことなんてなかった。少し耐えることができても、その内幻覚が消えないまま意識を失ってしまう。
「守れた、の?」
星ちゃんが不安げにボクを見上げる。
「もちろん。守ってくれたよ」
「そっか。良かった」
前に約束したこと。お互いにお互いの力になるって言ったこと。なんだかんだ、ボクばかり助けてもらって、守ってもらってしまっている。
「2人に何かあったら絶対にボクがすぐに駆けつけるから」
「頼りにしてるよ」
月ちゃんが軽く背中を叩いてくれた。きっとボクごときにできることなんて大したことはない。だけど怖い思いや辛い思いをしているときに傍にいてあげることができたら良いな。
「そういえばだけど、あの人たちってどうなったの?」
「えっとね、セイと別れてから職員室に行ったら、重大なことだからって生徒指導室に移されて。私たちとあの先輩たちから状況を聞いて、それからあの人たちから事情を聞いたの。でもあの人たち何も言わなくって。ね、るなち」
「ええ。その途中に北条先輩が来たんだけど。あの人たちが普段やっていることを全部話してくれた。どうやら北条先輩のファンクラブの人たちだったらしいの」
「ファンクラブ?」
「ま、憧れと恋心の不可侵条約集団ね」
月ちゃんの素敵なネーミングのおかげである程度の事情は掴めた。ボクに粋先輩に近づくなと言ってきたのはその不可侵条約があるからだろうな。その会がある限り誰も粋先輩に一定以上近づけないと思っていたのに、不測の事態が起きたから。
「会長さんすごかったんだよ? あの人たちが普段からストーカーまがいのことをしていた証拠まで突きつけちゃったんだから」
「ストーカー、まがいのこと……」
今まで気にするべき視線は武蔵くんの伯父さんとお父さんだと思っていた。だけど本当は他にもいたということだろう。考えてみれば、粋先輩がボクから少し距離を取っていたこともあった。あれはボクを巻き込まないための工作でもあったんだろう。
ボクが気が付かないところでも粋先輩と武蔵くんに守られっぱなしな気がする。周りに守られてばかりで、ちょっと情けない。
「大丈夫だよ。3人の関係がバレないようにって、会長さんも気を付けながら話していたからさ」
「そうね。少し安心したわ。北条先輩、本気でセイのことが好きで、大切にしたいって思ってるんだなって伝わってきてさ」
月ちゃんは粋先輩のことを少し警戒している様子だったから、そう思ってもらえたなら良かった。月ちゃんも粋先輩もボクにとって大切な人だから。どんなに素敵な人なのか知ってもらいたかったから。
でもそれはそれ、これはこれ。ボクはみんなに守られてばかりで、怪我までして聖夜祭にも影響が出そうになっている。迷惑ばかりかけてしまって申し訳ない。
ついため息を吐くと、星ちゃんが隣からトンッと肩をぶつけてきた。ひょこっとしたから顔を覗き込んできた星ちゃんは、ボクの頬をちょんちょんとつつく。
「セイ、そんな顔しないよ? そんな顔してるとね、嫌なことばっかり寄って来ちゃうんだから」
「ふふっ、ごめんごめん」
こそばゆくて自然と笑えた。満足そうに笑った星ちゃんはボクの腕に抱き着くとニシシッと変な声を出して笑う。照れ隠しなんだろうけど、結構恥ずかしいことをしている気がする。
「星ちゃん……」
「ほら、きらこ。こんなところ北条先輩と鬼頭くんが見たらブチぎれちゃうわよ」
「大丈夫大丈夫。あの2人はセイが嫌がることできないもん」
「ま、それもそうね。じゃあ私も!」
月ちゃんも意気揚々と反対の腕に抱き着いてきた。きっと粋先輩と武蔵くんは怒らないとは思う。だけど粋先輩は笑顔で威圧してくるだろうし、武蔵くんは拗ねちゃうかも。
どうしたものかと思ったけれど、月ちゃんはボクの心を見透かしたように悪い顔になった。
「大丈夫よ。あの2人が拗ねても怒っても、宥めるのは私たちじゃなくてセイだから」
「それが問題なんだよ」
月ちゃんが嬉しそうだから強くは言えない。分かっているくせに言ってくるちょっと小悪魔っぽいところが可愛いと思う。こういうのがキュンとすると学べたし、今度どっちかにやってみようかな。
いや、やめておこう。何十倍にもなって返ってきそうで怖い。
「まぁまぁ。今は友達同士の時間なんだから良いの! ほら、早く教室行かないと2限始まるよ」
「それならやっぱり歩きづらくない?」
「ぜーんせん?」
結局全く離れる気がない2人にぴったりくっつかれたまま別棟に入る。視線が痛いのはきっと気のせいじゃない。
少し恥ずかしいけれど、月ちゃんと星ちゃんと一緒にいる時間は嫌いじゃない。
「そういえば、帰りはどうするの? 荷物持てないでしょ?」
「うーん、姉ちゃんに連絡してみるつもり」
「そっか。もし何か困ったら言いなさいよ?」
「うん。ありがとう、月ちゃん。星ちゃんも」
頑張れと背中を叩いてくれた2人に頷いて返して、それぞれ席につく。左手で筆記か。できる気がしないなあ。
グルグル巻きにされた右手を恨めしく思いながら左手でペンを持って、試しにノートに〝あいうえお〟と書いてみた。
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