第33話 隙あらば
ボクが素知らぬ顔で前でレオ先輩に詰め寄られている粋先輩を見ていると、武蔵くんがいきなり咽せ始めた。全員の目が耳を真っ赤にしながら咳き込む武蔵くんに向く中、粋先輩だけはすぐにボクを見て首を傾げた。
ちょっと舌を出して答えると、粋先輩はムッとした顔になって片手でスマホをいじった。すぐにスマホが震えたから確認すると、粋先輩の個人PINEがメッセージを受信していた。
『そっちで2人でいちゃついてるのずるいですよ。何を言ったのですか?』
『あとでキスしようかって言われたからするって返したらこうなってます』
拗ねてる犬のスタンプまで送られてきたから、流れは端折ったけど正直に答えた。既読がついてすぐ、粋先輩は手で顔を覆って天を仰いだ。
いつも2人にドキドキさせられてる半分くらいでも、2人もボクにドキドキすればいい。それで、ボクだけ見ていて欲しい。
『僕も参加しますね。今は会議に集中しましょうか』
冷静な文章が送られてきて前を見ると、粋先輩はさっきより少し明るい顔でレオ先輩と話し始めた。水筒のお茶を飲む武蔵くんを視界に入れながら粋先輩を見ていると、レオ先輩が呆れた様子で粋先輩を見てから全体に顔を向けた。
「活動場所にここを使っていいっていうのは、会議にってだけじゃなくて資材も置いていいって話だったらしいから、あとで資材をここに運び込んでおこう」
「伝え忘れててすみません」
「本当だよ」
レオ先輩にため息を吐かれてあはは、と頭を掻いた粋先輩は改めてこちらを向く。
「この別棟は本棟とは違って各教室に鍵が掛かるようになってるから、入り口の小窓を塞げば内容もバレないだろうって話で借りれることになりました。聖夜祭までの間は生徒会庶務係の誰って言わない限りには鍵の貸し出しもされないことになってるから、そこも安心して大丈夫です。1番に来た人は鍵借りて入って、鍵借りたことをグループの方にPINEしてください」
その説明にみんなが頷く。けど、ボクたちの昼食の場所には困るな。他の空き教室も使われていないところがあるからそこを借りるか。
「じゃあ、他に質問とかなかったら資材を人目につかない今のうちに運びたいんだけど、いいかな?」
レオ先輩の言葉に全員が頷くと、天文部員たちは連れ立って教室を出て行った。部室に入れないボクたちは小窓を塞ぐために部屋の隅に置いてあった黒い画用紙を貼ることになった。
ボクが後ろのドアに向かうと2人はサッと前のドアに行って画用紙を貼り始めた。
「会長、曲がってる」
「そうですか?」
「ああ、ほら。そこ隙間できてるじゃん」
「あれ、ほんとですね」
「ったく、代われよ」
「はい、ありがとうございます。って、武蔵くんも曲がってますよ?」
「会長よりマシだろ」
2人とも案外手先は不器用なんだな。
ボクの方はと言えば、先にテープを壁に貼っておいたおかげで1人でもあっさり貼り終わってしまった。わあわあ言っている2人を後ろから眺めていると、後ろのドアから天文部員たちが段ボールを抱えて流れ込んできた。
「後ろは貼れたみたいだけど……ああ、粋は不器用だもんね」
急に横から声が聞えて振り向くと後ろに段ボールを積み上げたレオ先輩が立っていた。
「粋って何でもできそうなんだけど、案外不器用なんだよね」
「そうですね。冷静かと思ったら意外とはしゃいでますし」
武蔵くんとやいのやいの言っているのを見ながらついつい笑ってしまうと、ツンッと頬を突かれた。横を向くとレオ先輩がボクの頬に人差し指を刺していた。
「なんでふか?」
「ふふっ、かーわい」
ニコニコと笑いながらふにふにと頬を触り続けるレオ先輩に困惑していると、後ろからグイッと引っ張られてレオ先輩から引き離された。見上げると武蔵くんがボクを支えるように立っていた。
「武蔵くん!」
「いふぁい、いふぁい。ふい、はあふへ」
何語か分からない言葉が聞こえてレオ先輩を見ると、粋先輩に後ろから頬を引っ張られてもがいていた。
「レオ、聖夜くんに手ぇ出すなよ」
「わはっふぁ、わはっふぁはや、はなひふぇ」
レオ先輩がジタバタしてようやく粋先輩が手を離す。語気が荒くなっている辺り、粋先輩もかなりイライラしているみたいだ。レオ先輩はしゃがみ込むと両頬を包むように抑えながら粋先輩を見上げた。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん」
「はぁ? じゃあ海琉くんとかユウに同じことされて黙っていられるか?」
粋先輩に詰め寄られてレオ先輩はグッと言葉に詰まったけど、すぐにかぶりを振った。
「黙っていられないけど、黙っていられないけど! 2人は俺のものじゃないから」
しゅんと肩を窄めたレオ先輩の肩を月見くんが宥めるように叩くと、少しばかり回復したらしいレオ先輩は立ち上がって粋先輩に腕を回した。
「粋は吉良くんのことが大好きなんだね」
そうかそうか、と1人で納得しているレオ先輩はボクたちが付き合っていることまでは気が付いていないようだった。
「吉良くん、粋に何か嫌なことされたら俺に相談してね? 話聞いてあげるからね」
兄貴感たっぷりに爽やかに笑ったレオ先輩に曖昧に頷くと、運ばないといけない段ボールがまだまだあるからと部員たちを引き連れて部室に戻って行った。また3人に戻った部屋の中で、なんとなく気まずい空気が流れる。何とも言えない空気から逃れようと運び込まれた段ボールを積み直していると、後ろから回された腕に抱きしめられた。
「粋先輩?」
「さっき武蔵くんが抱きしめていましたから。僕もくっつきたくなってしまいました」
甘えた声を出す粋先輩にキュンとして動きを止めると、ムッとした顔をした武蔵くんが近づいてきた。そのまま顎を持ち上げられて武蔵くんと目が合うと、何をしようとしているのかは察しがついた。けど、粋先輩に抱きしめられているこの状況では物理的に逃げることは不可能だ。
「武蔵くん! 今はダメだって」
「どうして? あとでするって言ったのは聖夜だろ」
「レオ先輩たちいつ帰ってくるか分からないし!」
「大丈夫だろ。さっきの感じじゃあと3分は平気」
「分かんないじゃん!」
言葉で逃げようとしても逃れられそうになくて、ジリジリと迫られる。手で防ごうとしたけど粋先輩に腕ごと抱きしめられていることに気が付いて、詰んでいることを理解した。
「計りましたね」
「バレちゃいました?」
耳元で囁かれて膝の力が抜けそうになったところを粋先輩に支えられる。全く逃げ場がない状況に諦めて目を閉じると、鼻先に武蔵くんの柔らかい髪が触れて唇が一瞬温かくなったのを感じた。
目の前にあった気配が消えたからゆっくり目を開けると、三日月形にキュッと目を細めた武蔵くんと視線がぶつかった。いつもは鋭い目元が柔らかくなるこの瞬間を他の人たちが見たらきっと印象が変わるとは思うけど、誰にも見せたくない気持ちが勝る。こんなの、ただの嫉妬だ。
「聖夜くん、こっちも」
身体ごと粋先輩の方に向けられて、抵抗する暇も与えない速さで唇を奪われた。武蔵くんとはまた違う、触れるだけじゃない食べられそうな口づけにそれだけで腰が抜けて崩れそうになったところを4本の腕が支えてくれた。
「ごめんなさい、やりすぎましたね」
そんなことを言う粋先輩を見上げると、やっぱりニヤリと艶やかに笑っていて確信犯だと分かる。何度かキスを交わしたけど、粋先輩は上級者過ぎてついていくのが難しい。やられっぱなしは悔しいからいつかやり返したいけど、ボクが粋先輩のレベルに並ぶころにはもっと前を歩いているんだろうな。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「大丈夫か? 会長がやりすぎたか?」
「なんで僕だけなんですか。聖夜くん、一緒に行きましょうか?」
武蔵くんが粋先輩にジトッとした視線を向けると、粋先輩はとぼけた顔をする。
なぜだろう、分からないけど本能が1人で行くように警報を鳴らしている。十中八九ニヤニヤしているのを隠せていない粋先輩のせいだと思うけど。
「1人で行ってきます! その間に段ボール積み直しておいてくださいね」
さすがに何もしていないのはまずいだろうと思ってそう言うと、2人は当然だと言わんばかりに頷いた。分かっていたなら先にやろうよ、なんて言ったら受け入れたくせに、とか言い返されそうだからさっさと教室を出てトイレに急いだ。
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