弱小国家から始める国盗りデス・ゲーム〜どうしようもない小国の果てしない外交戦争〜

ふぃるめる

第1話 頼りない次期当主


 街道と街並みとを見下ろすように建てられた大公宮殿の一室に、国を纏める公爵とその家族が集まっていた。

 

 「息子よ、ワシはもうダメじゃ……あとは頼んだ……」

 「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


 エシュア歴1497年11月、どうしようもない小国の小さな為政者ヨラン公爵は過労で急逝した。

 残されたのはヨランの息子アンドレア、そしてヨランの妾腹の子イゼッタ。


 「親父ぃぃぃぃ……俺に面倒事を押し付け先に楽になりやがって……ぐすん……」


 頭は切れるが親孝行とは程遠いアンドレアは、自身の肩の荷の重さを嘆いた。

 

 「お、そうじゃったそうじゃった、遺言をしておくのを忘れておったわ」


 ヨランは今際の際、逝きかけたところで舞い戻るとバチッと目を開けた。


 「この国を誰もが笑って暮らせるよう頼んだぞ……決して…乱世の世に責任を放り出すような真似は……してくれるな……」


 そう言うと今度こそヨランの身体は力を失い瞳は光を失った。


 「お兄様は私が支えますから、この国を守ってみせますからッ!!」


 遅まきながらに喪失感が込み上げてきたアンドレアの横で、腹違いの妹であるイゼッタは眼にいっぱいの涙をたたえていた。

 歴史的に見れば、後の歴史書にたった一文で記されるだけの些細な出来事のそれは、しかして大陸を大きく揺さぶるうねりへと繋がって行くのだった――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「独立した公国だから、継承の式典は案外サクッと終わったな」


 故ヨランの死から三日後のこと、葬儀と継承の式典とを一纏めにした式をアンドレアは執り行った。

 別日にしなかったのは経費の削減のため、或いは本人が面倒くさがり屋の性格だからか。

 もっとも一日で片付くのだからと、家臣団に文句を言う者はいなかった。


 「改めてよろしく頼むよ、シャルレーヌ」

 「貴方とはよく見知った仲だし、今更じゃない?」


 臣下の礼も取らずにアンドレアの執務室のバルコニーに背中を預けたのは補佐役に就任したシャルレーヌだった。

 自身のスタイルの良さを活かした着こなしのドレスに身を包み、端正な顔立ちに自信ありげな表情を浮かべた彼女はアンドレアの幼馴染でもあった。


 「そうだなぁ……家族ぐるみの付き合いだしな」


 筆頭重臣であり宰相を務めるレーニエ家は、過去の経緯からレヴォワール公爵グリマルディ家に対して絶対の忠義を捧げる名家でありそれが家族ぐるみの付き合いへと発展していた。

 経緯を簡単に言えば、元々レーニエ家は独立した伯爵家でありレヴォワール公爵家とは隣国であった。

 互いに小国であるが故に協調関係にあった両家の間柄は良好であったのだが、およそ二百年前にレーニエ伯国が東の大国神聖ラバルム帝国に攻められた際、囚われたレーニエ伯爵家の者達をレヴォワール公爵家が帝国に金銭を対価に解放した経緯があった。

 国同士の戦争において国家の統帥権を持つ者を敗戦後に待ち受けるのは死、それから開放されたレーニエ家の面々はレヴォワールが滅亡するその日まで身命を賭して使えることを誓ったのだという。


 「それよりさっそくアンドレアにはやってもらわなきゃ行けない仕事があるわよ」

 

 そう言うとシャルレーヌはパンパンと手を打った。

 すると重々しい音ともに執務室の扉が開き、台車に載せられた無数の紙の束が姿を現した。


 「あの〜これは……?」


 引き攣った笑みを浮かべたアンドレアは、それが何かを悟っていながらも一応尋ねると


 「この三日間、仕事が全く無いとでも思っていたのかしら?」

 「世界って不条理だよなぁ……お金は貯まらないのに仕事は溜まるんだから……」

 

 遠い目をしながらアンドレアは懐から一通の書状を取り出す。


 「公爵の辞退って出来ますかね?」

 

 そんなアンドレアをシャルレーヌは鼻で笑うと容赦なく事実を突きつける。


 「それを誰に提出して誰に認可して貰うつもりなのかしら?」

 「あっ……自分じゃん……」

 

 レヴォワール公国の法律にはこんな条文があった。

 『役職等への待遇改善、及び辞退要求については全権者たる公爵位保有者に裁量権があるが、如何なる場合においても自身の要求を自身の裁量してはならない』

 ちなみにこの条文を付け足したのは、つい最近の話。

 つまりヨランがこうなることを見越していたというわけだった。


 「親父ぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


 何度目になるかも分からない叫び声を上げるアンドレアにシャルレーヌは、


 「はぁ〜い、大人しく仕事に取り掛かりまちゅよ〜?」


 とまるで赤子に向かうように言うのだった。

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