第140話 頑張って勝とうね!

 観客はミシェルさんの判断に不満そうな顔をしているけど、暴動が起こる気配はない。聖女という特別な立場のある人が言ったから素直に従ってくれたのだろう。これがブルーベルさんだったら、ブーイングの嵐だった気がする。


「船の方はどうですか?」

「うーん。騒いでいるけど、危険じゃないね。大丈夫そう」


 レベッタさんが判断したのであればブルド大国の騎士たちが暴れることはなさそうだ。勝敗が決まったときは状況が変わっちゃうかもしれないけど、ユーリテスさんの言葉を信じるのであれば止めてくれるはず。約束はプライドや命よりも重いと思ってくれているはずだからね。


 治療が終わっても気絶しているドシーナさんは、ユーリテスさんに抱きかかえられて退場した。


 軽く整地してからミシェルさんが叫ぶ。


「次の選手は前に出てください!」


 こちら側はドワーフのベルさん、ブルド大国側はエルフの女性が前に出た。セミロング金髪で緑の瞳をしている。水着はチューブトップ系だ。下の部分はボクサーパンツっぽい見た目で、肌にぴっちりと張り付いており、盛り上がりや窪みまではっきりとわかる。胸は小さいみたいで膨らみはない。ドワーフと良い勝負だ。ぽろっと出てしまう心配が無いという意味では安心して観戦ができそう。


 二人は近づくと握手を交わす。


「私はベル。力じゃ負けない」

「トリーシャ。魔法が得意だけど力だって自信はある」


 ドワーフ対エルフか。なんか因縁がありそうな種族だけど、今のところ殴り合いになる気配はない。


 手も離して定位置に戻ると睨み合っている。


「ルールは覚えてますよね? 組み合うまでは打撃禁止ですよ?」


 さっきみたいなケンカが起こらないよう、ミシェルさんは確認している。


 冷静になっている二人はうなずいて返事をした。特にベルさんは一敗している僕たちに後がないとわかっているので、仮にトリーシャさんがルール違反しても反撃せずに、相手の反則負けを狙うはずだ。


 うん。大丈夫だ。三戦目はちゃんとした試合にはなる。


 ミシェルさんが片手をあげて振り下ろすと、ベルさんが走り出した。身長や腕の長さはエルフのトリーシャさんが上回っているので懐に入ろうとしているのだろうけど、肩を掴まれそうになったので横に飛んで足は止まってしまった。


 また前に出ようとするけど、敵の手が邪魔をして懐に入れない。


 間合いを取りつつ様子をうかがっていると、トリーシャさんの腕が伸びてきたのでベルさんは手で叩く。ジワジワと追い詰められていき、ベルさんは試合場所のエリアを出てしまった。


「場外に出たので中心に戻ってください」


 仕切り直しだ。また最初の状態に戻ってしまう。


「体格差が不利になっていますね。ベルさん大丈夫かな……」

「足を掴めば勝てると思うんだけど、相手は瞬時の判断が上手いから難しいかも」


 戦闘経験豊富なレベッタさんですら、どうなるかわからないようだ。こうなったら信じて応援するしかない!


「頑張って勝とうね!」


 ぴくりとベルさんの耳が動いた。頬が緩んでいる。逆に敵のトリーシャさんは眉がつり上がって怒りを露わにした。


「男に応援されなんてズルい。絶対に倒す」


 あ、僕の応援は逆効果になってしまったかも。気合いが入ってしまったようで再開の合図が出ると、長い腕を活かしてベルさんの頭を掴もうとしている。


 激しい動きに対応できず後退しかできない。また線から出てしまい仕切り直しになる。


「次、消極的な行動を取ったら失点になります。気をつけるように」


 不利になるとわかっていても審判として正しい判断をして警告を出した。真面目だなぁ。人によっては嫌がりそうだけど、僕は真っ直ぐな性根が好きだ。


 再戦の合図がでるとベルさんは飛び出し、行動を予想していたトリーシャさんは横に動いてかわしつつ、腕を伸ばして頭を掴んで体を持ち上げてしまう。


 力自慢って本当だったんだ!


 足が地面に着かないため身動きが取りにくいベルさんは、腕を握りつぶそうとしているけど、その前に地面へ叩きつけられてしまった。


 体がバウンドするほどの威力があって、かなりのダメージを受けみたい。かろうじて意識は残っているみたいで立ち上がろうとしているけど、トリーシャさんは腕を掴んでから、顔を殴りつけて吹き飛ばしてしまった。


「押さえつければ勝てるのに、いたぶるつもりかな? 性格悪いね」


 レベッタさんが怒りを露わにしている。止めを刺さずに遊ぶ姿は許せないのだろう。狩人っぽい考えだなと思った。


 僕は痛々しい姿が直視できず、海の方を見てしまう。


 そのおかげで異変にいち早く気づく。


「ん? あれ……なんだろ」


 ブルド大国の船の近くに白い何かがいる。海に潜っているみたいで正体はわからないけど、大きさからして魔物である可能性が高い。レベッタさんに教えようと思って口を開きかけると、巨大なウミヘビが海面から姿を現した。


 見える範囲で長さは五メートルぐらいありそうだ。大木の幹ぐらい? 離れていてよくわからない。


 海面に出た勢いで波が出て、船はひっくり返りそうだ。


「あれはシーサーペント! しかも群れで来ている! 戦わないと沈んじゃうよ!!」


 へー、あれ名称を知っているんだ。レベッタさんは物知りだなぁ。


 観戦に熱中していたこともあって、ブルド大国の騎士は初動が遅れてしまったみたい。複数の白いウミヘビ――シーサーペントが船に絡みつき破壊しようとしていた。


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あとがき

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