第132話 イオ君じゃましな――んっ、ちゅ

 ヘイリーさんの頬に軽くキスをした。


「最高……」


 何も言わずともすぐに離してくれた。彼女は唇が触れた箇所を手でさすりながら恍惚の笑みを浮かべている。満足してくれたみたい。


「ちょっ! まって! 暴力は反対!」

「抜け駆けしようとした女は死罪だからっ! 許さない!」


 冒険者として長く活動していたこともあってケンカはレベッタさんの方が優勢だ。ブルーベルさんはマウントを取られて一方的に殴られている。


 慌てて僕が背中から羽交い締めにしても怒りは止まらないみたいで、攻撃しようとしているから困った。もうこうなったら最終手段だ。ミシェルさん、ヘイリーさんにもしているので、早くやった方が良いという気持ちもあって頬に唇を近づける。


「イオ君じゃましな――んっ、ちゅ」


 神がかったタイミングという表現は、こういうときに使うのだろうか。


 偶然にもレベッタさんが僕の方を向いてしまい、唇が重なった。完全なキスだ。大人のキスだ。


 顔が真っ赤になっているのを自覚するほど恥ずかしい。


 パッと離れるとしゃがみ込んで顔を隠す。


「キスをしたらオーケーサインだって聞いたことがあるっ! もう、良いんだよねっ!!」


 体を丸めたまま抱きかかえられてしまった。顔を上げると涎を垂らしたレベッタさんが視界に入る。口はだらしなく開いていて鼻息が荒い。唇が近づくともう一度キスされてしまった。すぐに離れることはない。舌が入ってきて絡み合う。初めてのディープキスは甘いとはいかなかったけど、多幸感に包まれた気持ちとなった。


 ――クチュッ……ヌチュッ……。


 粘液の絡み合う音が聞こえ、それが羞恥心をかき立てる。


 僕は今、多くの人が見る前でレベッタさんとキスをしてしまっているんだという事実を思い出し、腕を伸ばして突き放そうとするけどびくともしなかった。


 「んちゅっ、ダメだよ。逃がさないから」


 あぁ、レベッタさんは感情が暴走している。唇を離してはくれたけど拘束したままだ。城にお持ち帰りされれば良い方で、最悪のケースだと島のどこかへ連れて行かれてしまい、野外で初めてを経験してしまうかもしれない。


 今はビーチレスリング対決の練習をしなきゃ行けないのに!


 助けを求めるようにして周囲を見る。


 みんなが鬼の形相で近づいていた。


「レベッタさん……後ろ……」

「そう言って逃げるつもりでしょ。私は欺されないよっ!」

「いや、そうじゃなくてですね」


 話している途中で素早く懐に入ったヘイリーさんが僕を奪い取った。不意を突かれたレベッタさんは驚いていて動けず、ルアンナさん、ベルさんに取り押さえられてしまった。足の方はブルーベルさんが押さえているので身動きはとれない。


 残ったミシェルさんは怖い笑みを浮かべながら、倒れているレベッタさんを見下ろしながら宣言する。


「無垢な男性にきききききすをした! ゆるされることではありませんっ!」


 もしかして聖女という立場上、罪人を裁く権限があるのかもしれない。罪状を言い渡したら引っ込みが付かなくなるだろうから止めないと!


「ミシェルさん! まってください!」


 大声を出すと皆の視線が集まった。


「キスは僕がしたいからしたんです! レベッタさんは罪人じゃありません!」

「本当ですか? 脅されてませんか?」

「はい。誰にも脅されず、自らの気持ちに従ってやりました」

「その気持ちはレベッタだけですか? 私たちにはないのですか?」

「……へ?」


 何を言っているんだ。この人は。


 あなたの聖女様が変なことを言っているよと、ベルさんに言おうと思って顔を見ると期待するような目をしていた。


 まさかと思ってルアンナさんを見ても同じだった。控えめだけど、鋭い目だけはしっかりと僕の口を見ている。


「レベッタだけ、ずるい」


 耳元で僕を捕まえているヘイリーさんの声がした。


 この場にいる全員がキスを期待している。それ自体は嬉しいし、拒否感はないけど、浮気になるんじゃないかって後ろめたさはある。一人じゃ決められない。


「レベッタさんは僕が他の人と……したらどう思います?」

「唇は私が初めてだよね」

「えーと……はい」

「なら気にしない。初めてが欲しかっただけだから」


 こだわるところ、そこなんだ。


 女性の初めてにこだわる男がいるとは知っていたけど、ここだと逆なのかな。よくわからないや。


「いいよね?」

「あ、はい」


 反射的に答えると口が塞がった。ヘイリーさんがキスしてきたのだ。


 最初は軽く触れる程度だったんだけど、唇を舐められてしまう。


「おいひい」


 続いて、歯や口内を舌で蹂躙されてしまいなにもできない。レベッタさんよりも長い時間キスを続けてようやく解放されると、目の前にルアンナさんが立っていた。


「次は私ですね。これでスカーテ王女に自慢できます」


 抱きかかえられると歯がぶつかりそうな勢いでキスされた。足は地面から浮いていて逃げ場はない。


 呼吸が苦しくなるほど唇がくっついたまま動かない。お互いの鼻頭が当たっていて、それがなんだか嬉しい。きっと近くにいるって実感できるからだろう。


 満足したルアンナさんに介抱されると、最後にミシェルさんがやってきた。


「私もいいですか?」

「もちろんです」


 彼女らしい優しいキスをされる。


 ふんわりとした柔らかい唇の感触が楽しめ、心が通じ合ったように思えた。


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あとがき

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