第92話 あっ! 忘れてた!

「女に守られて何もできねぇ男のクセに生意気だ! 後悔させてやる!」


 ナイフを素早く何度も突き出してきた。ジャブみたいな感じで力はこもってなさそうだけど、殺傷力をバカしてはいけない。左右にステップして避け続ける。


 動きは単調でフェイントはない。経験の浅い僕でも反撃しようと思わなければ当たらないだろうなんて思っていたら、刃を寝かせて横に振るってきた。慌てて後ろに下がるけど、革鎧がすぱっと斬られてしまう。


 すごい切れ味だ。

 当たり所が悪くなくても重傷を負ってしまうかも。


「さっきの勢いはどうした! 逃げてばかりじゃ勝てないぞ!」


 挑発してきたけど無視する。


 円を描くように下がりながらナイフを回避し続けていると、体力が切れてきたのかダイチの動きが明らかに鈍くなってきた。


「てめぇ……逃げてばかりじゃ………こっちこい……」


 狙い通りだ。防御より攻撃の方が体力消耗は激しいから、避け続けていれば自滅すると思ったんだよね。女性に守られるのが当然だと思って自己研鑽を怠ったのが悪い。


『起動』


 バングルの魔道具がいつでも発動できる状態にしつつ、ダイチに近づく。


 ナイフを振り下ろしてきたので、半身になってかわしてから腕を掴んでひねる。


「いだッ」


 手から力が抜けてナイフが地面に突き刺さった。


 また文句を言ってきそうだったので、鳩尾に膝蹴りを入れる。


「女性に暴力を振るったことを強く反省してもらわなきゃ」


 ダイチを確保したらテルルエ王国に戻されるけど処刑にはならないだろう。スキルランクは高いし、不自由な種馬として余生が過ごしてしまう。


 そんなこと許せないよね。


 DVの資質を持つ子が生まれるかもしれない。


 こいつの血は後世に残してはいけないのだ。


 体を丸めて腹を押さえているダイチの顔を殴りつけて吹き飛ばす。


『アイスランス』


 氷の矢を二本作って放つ。左右の太ももに突き刺さった。


「いでぇ!! ちくしょう! 俺が何をしたってんだ!」


 何を言ってるんだ?

 

 それが分からないから教えてあげてるんじゃないか。


 倒れたままでいるダイチの胸を踏みつける。


「女性たちを虐げた罪、それを償え」


 何度も踏みつけていく。シャナルンにしていたことを実行しているだけなんだけど、見守っている女性たちの目が険しくなってしまった。


 嫌なものを見ている。


 そんな風に思っていそう。


 けど、今は手を抜いていい場面じゃない。無視して顔を蹴り始めるとレベッタさんが近づいてきた。

 

「イオ君。やり過ぎだよ」


「そんなことありません。こういう男は死んでも性格は治らないのだから、より強い恐怖を与えないと」


 腰をかがめてダイチの胸ぐらを掴む。


「まだ意識を失わないでくれ。地獄はこれからなんだから」


「地獄、だと? お前………ブヘラッ」


 汚い言葉なんて聞きたくなかったので殴りつけた。汚い血が飛んで僕の頬につく。


 まだ足りない。もっと痛めつけないと。


 腕を振り上げると手首を掴まれた。


 振り返ると今にも泣き出しそうな顔をしたレベッタさんが見ている。


 何も言わずに抱きしめられてしまった。


 革鎧の固い感触と独特の臭いがして、お世辞にも心地よいとはいえない。でも、冷え切って暴走しかけていた心を温めてくれる。


「私は優しくて笑ってくれるイオ君が好き。変わらないで欲しいというのは無理なお願いだとは分かっている……けど、ね。今だけ言わせて」


 僕を抱きしめる力が強くなった。


 泣くのを我慢しているのか声は震えている気がする。


「クズ男が原因で変わらないで欲しい。出会った頃のイオ君に戻ってよっ! 私に返して!」


 ついに感情が爆発したみたいで、声を上げて泣き出した。


 レベッタさんたちが安心できる世界を作りたかっただけなのに道を間違ってしまったようだ。意図せず悲しませてしまっている。


「ダイチなんか忘れよ」


 ヘイリーさんが頭を撫でてくれた。無言でお尻を触っているのはメヌさんだな。体に巻き付いた尻尾はアグラエルさんのものだ。抱きしめられて視界が塞がられているけど、誰が何をしているかなんてすぐにわかってしまう。


 この世界にきて、家族以外に心を通わせる大切な人々ができたんだ。ようやく心の底から確信した。


 前世では何も持っていなかった僕だけど、深い関係を築けたことに喜びを感じる。


 彼女たちは怒りに我を忘れて悲しませていい存在ではない。


「うん。忘れる」


「本当? 嘘つかない?」


「安心して。もう大丈夫だから」


 レベッタさんの背中に手を回してポンポンと叩く。


 言葉よりも気持ちが伝わったみたいで、安堵のため息が漏れた。

 

 急に体を引き離されると顔を掴まれた。


「よかった。私が知っているイオ君の目になってる!」


 そしてまた抱きしめられてしまった。逃げだそうとしても動けない。


 まだ事件は終わってないのだ。安心するのは早い。


「いつでも抱きしめていいから、早くダイチを捕まえましょう!」


「あっ! 忘れてた!」


 なんてうっかり者なんだ。僕たちの目的を忘れていたようだ。


 レベッタさんは僕を解放すると、倒れたままのダイチの手に縄をかける。足の方はヘイリーさん。メヌさん、アグラエルさんはシャナルンの方を動けないように拘束しはじめた。


 少し離れた場所ではルアンナさんがデブガエルを縄でグルグル巻きにしていたし、事件は無事に解決したようだ。これで我が家に帰れる。


 そんなことを思っていたら視界が急に暗くなり、意識を失ってしまった。



==========

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