第77話 これで正気に戻りなっ!
僕を守るためか、レベッタさんが前に出てラレンに殴りかかろうとし、動きが止まってしまった。
気持ちはわかる。
だって二人に増えているんだから。
左右に分かれるとスタッフを振り下ろす。同時じゃなく数テンポずれているから最初を避けても、続く二本目に当たってしまう。防ぐことも出来ずに、右肩から骨の折れる音がした。
追撃を警戒して後ろに下がったレベッタさんの顔は苦痛で歪んでいる。
右腕はブラブラと揺れていて動かせる状態じゃなさそうだ。
「お前の女、使えるな! 後で俺にも貸してくれないか! 殺したいヤツが一人いるんだよ!」
デブガエルがムカつく発言をしたけど誰も相手していない。ダイチですから無視だ。それが彼の立場が低いことを物語っていた。
獲物を逃がさないようにするためか、ラレンは左右に分かれて僕たちを囲む。バングルは動く気配がない。ヘイリーさんやメヌさんは倒れて動けない。
「イオちゃん大丈夫!?」
家にいたアグラエルさんが外に出てきた。すぐに状況を察したようでスキルを発動させようとして瞳が光り……すぐに消える。
スキルが消された!?
察しの悪い僕でもようやくスキルをキャンセルさせる能力が、この場で発動されていることに気づく。
ラレンは分身を作るスキルなので違う。デブガエルだったら自慢しているだろうから、候補として外しても良いだろう。
残ったのはガリガリの女性――シャナルンとダイチだ。どちらか、もしくは二人の力を組み合わせて、僕たちだけスキルが使えない状況を作り出しているのだろう。
いくらSSスキルを持っていても、これじゃ意味がない。
みんなを助けるなんて不可能だ。
「ダイチさんのために死ね!」
片腕が動かせないレベッタさんに向かってラレンが一歩前に出し、なんと血を吐き出した。
彼女の腹に刀身が刺さっている。攻撃したのは外国騎士のヘンリエッタさんだ。先ほどまでこの場にいなかったはず。突然姿を現して攻撃したみたいだ。
腹を刺された方のラレンは姿が黒くなって、ドロドロに溶けて地面に吸い込まれてしまった。
「ち。運がない。偽物のほうだったか」
剣をラレンに向けながらレベッタさんに近づく。
「動けるか?」
「もちろん」
「だったら倒れている仲間を担いで逃げろ。私はイオディプス君と一緒に後を追う」
一瞬だけレベッタさんが僕を見た。目が合うとすぐにヘイリーさんを片手で抱き上げた。話を聞いていたアグラエルさんはメヌさんを抱きかかえて家の中に入っていく。
普段なら「私がやる!」と言って口論するところだったけど、今回ばかりは違ったようだ。余力がないみたいで素直に従ったのである。
「役立たずが! さっさと黒髪の女も殺せ!」
「う、うん」
僕たちが逃げだそうとしているので、ダイチが苛立っている。
ラレンに銅貨を投げつけて命令していた。
「ダイチは一人じゃ何も出来ないから、私がちゃんとしないと!」
おでこが少し赤くなったラレンさんがつぶやいた。
攻撃されてもなおダイチを支えようとする依存性に恐怖を覚える。命令を実行できなければ存在価値はない、なんて思っているはず。母さんがそうだったからよく分かる。
「男に依存した女ほど醜いものはないね」
軽蔑したように言うヘンリエッタさんの手には黒い球があった。
爆弾? と思ったけど、この世界に火薬はなかったはず。魔道具だった場合は動かないだろうし何をするつもりなんだろう。
「何をするつもりだ! 女どもは早く何とかしろ!!」
怯えているデブガエルは腰を抜かして地面に座り込んだ。情けない人だ。
「これで正気に戻りなっ!」
ヘンリエッタさんが黒い球を投げた。ラレンの足下に落ちると割れて黄色い煙が出ると、ものすごいスピードで広がっていってダイチまで巻き込んでしまう。
「なんだこれはッ!?」
煙の中から涙声が聞こえた。咳き込む音もする。催涙系統の効果があったようだ。
「今のうちに逃げるから!」
くるりと踵を返したヘンリエッタさんが、僕を抱きしめて持ち上げた。
肩に乗せると家の中に入り台所まで来ると床に取り付けていたドアは開いていて、縄ばしごがぶら下がっている。
何の警告もなく、ヘンリエッタさんは穴に飛び降りた。
「うあぁぁぁああああ!?」
驚いて声を出していると、すぐに着地する。
衝撃はなかった。なんか不思議な力が働いたのだろうか。
近くで待機していたアグラエルさんが壁に取り付けられたスイッチを押すと、上にあるドアが閉まって鍵がかかった。ダイチが追ってきたとしても時間は稼げるだろう。
「おろしてもらえますか?」
「わかった」
ようやく地面に足を付けられたと思ったら、ヘンリエッタさんが僕の頭に顔を埋めた。くんくんと匂いを嗅いでいる。
「悪くない。いや違う。最高だ……」
危機を脱したと思ったらすぐに暴走しだしたぞ。この世界の女性はこれだからちょっとだけ戸惑う。嫌じゃないけど、今はそれどころじゃない。
「三人は大丈夫ですか!?」
最初に危険を知らせてくれたルアンナさんを筆頭にヘイリーさん、メヌさんは目覚めていないようで、固い地面の上で横たわっている。
「息はあるから大丈夫だと思うけどレベッタの腕は早めに治したほうがいいだろう。治療院には連れて行きたい」
アグラエルさんの意見には完全に同意する。本当は気を失っている人を下手に動かさない方が良いんだろうけど、早くこの場を去らなければいけないのでそれはできない。
「わかりました。急いで行きましょう!」
僕たちはすぐに移動を開始した。
地下通路はいくつか分岐があって道を知らなければ迷う設計になっている。ダイチがここに来たとしても追いつくことは難しいだろう。
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