第66話 僕はまだ欲しくない、かな
土魔法がすごいのか分からないけど、スカーテ王女の屋敷と町の外にまで続く地下通路の作成は二日で終わってしまった。
キスしたのは最初の一度だけ。スキルブースターの効果はずっとあったみたいなので、持続時間は延びたように感じる。スキルを何度も使って習熟度みたいなのが上がったのだろうか。
もしそうだったら、スキルブースターは伸びしろがあることになる。
今以上の効果を発揮するようになったら、もっととんでもないことも出来そうだ。具体的に何が? と言われてもわからないけど、悪いことにはならないだろう。
* * *
今日は女性に変装して男性特区から出ると、冒険者ギルドに訪れていた。
いつもと変わらず賑やかだ。四人の頼もしい仲間に囲まれながら、掲示板に張り付かれている依頼書を眺めている。
内容はメスゴブリン、ワイルドボア、大鷹といった討伐依頼が目に付く。依頼主は周辺の村だけじゃなく、この町からも出ているみたい。薬草や雑用の依頼は僅かだ。
「魔物の討伐依頼が異常だと言って良いほど増えている」
依頼内容を冷静に分析したアグラエルさんが、僕に教えてくれた。
どうやら外は危険な状態になっているみたい。この体に憑依するタイミングが少し遅れていたら、魔物に殺されていたかもしれないと思うと、背筋が凍りそうになる。
普段から安全な場所にいて、常に守ってもらえているから忘れがちだけど、この世界は野蛮で危険な所なんだよね。
「たまにあること。気にしない」
「そーだねー。一時的に魔物が増えることはあるあるだよー!」
ヘイリーさん、レベッタさんは慣れているのか気にした様子はない。ベテランの貫禄みたいなものを感じた。
「でも危険なのは変わらないから、できれば町の中で終わる依頼にしたい」
いつもと違って真剣な顔をしたメヌさんが、依頼書を丁寧に確認しながら言った。
鍛冶をしているときもそうだけど、真面目な姿は格好よく感じる。
彼女に負けないよう僕も受けられそうな依頼書を探していくけど、やっぱり魔物討伐系のものしかない。同じようなことを考えた冒険者が早めに来て、安全そうな依頼を取っていったのかな。もしそうなら、僕たちは出遅れたのかもしれない。
「男性特区の話聞いたか?」
興味のある単語が含まれていたので、騒がしい冒険者ギルドないでも声が聞こえた。僕に関わることだ。詳しく聞きたいので依頼ボードから離れて、会話をしている二人近くに移動して聞き耳を立てる。
「あのデブガエルのために作られたんだろ? 女に暴力を振るいすぎて隔離されたって話だ」
「暴力なんて生ぬるい話じゃない。私は拷問までしていたって聞いたぞ」
「マジ? それって犯罪じゃん」
「そうなんだけど、罪には問わないらしい。その代わり男性特区で種馬生活をさせるみたいだよ」
「うぁー、それって犯罪者と寝ろってことじゃん。希望する女なんているの?」
「それが、いるらしいぞ。何でも良いから男性と寝たい見境のないヤツって、どこにでもいるからね」
「うぇーーーっ。私には理解できないや」
「同じく。ヤるならイケオジに限るわ~」
「いやいやないって。年下でしょ」
「そっちの方がありえないよ。年上だって!」
二人は男性特区の話から好みの男に話題が変わっていった。これ以上は聞き耳を立てる必要はなさそうだ。離れようとすると、後ろから誰かに抱きつかれる。さらに首筋を舐めてきた。
胸の大きさは控えめで、レベッタさんやアグラエルさんより小さい。だけどしっかりと存在感を放っていることから、メヌさんほど絶壁でもない。ということは……。
「ヘイリーさん。みんながいる場ですよ?」
「誰も見てない」
ペロペロと小さく上下に動く可愛らしい舌が、首から鎖骨辺りにまで移動する。鼻息が肌にかかって少しくすぐったい。目は潤んでいて今にも泣き出しそう。分かりにくいけど感情は高ぶっているみたいだ。
甘い香りが鼻から全身に行き渡って、欲望が強く刺激される。
そろそろ我慢が難しい。制御に自信が持てなくなる。そんなとき、湿った声でヘイリーさんが呟く。
「子供が欲しい」
この瞬間、僕は一瞬にして冷めた。
僕は何をしようとしていたんだ。欲望に負けてしまった未来を考えたら、負けちゃいけない。
クソ親父の子供である僕もまた、暴力を振るう素養を持っているからだ。
家庭という存在を持った瞬間に豹変するかもしれない。その恐怖が高まった気持ちを静まらせてくれる。
深く息を吸ってから、ゆっくりと吐く。
うん。もう大丈夫だ。冷静になった。
「僕はまだ欲しくない、かな」
前回は曖昧に答えたけど、今度はきっぱりと断ってしまった。ヘイリーさんの目から一粒の涙がこぼれる。
「私じゃダメ? 他ならいい?」
「理由があって誰とも子供を作りたくないんだ」
絶望したような顔をしたヘイリーさんは、フラつきながら僕から離れた。
強いショックを受けたみたいで力が抜けたように座り込んでしまう。
異変に気づいたみたいで、レベッタさんたちがこっちを見た。すぐに合流してしまうだろう。その前に気休めかもしれないけどフォローだけはしておきたい。
ヘイリーさんの耳に口を近づける。
「今は、です。この先、気持ちが変わるかもしれません」
「本当?」
「約束はできませんが……」
「いいよ。待ってる」
少しは元気を取り戻してくれたのか、すっと立ち上がったヘイリーさんは僕に抱き付いた。
「二人でイチャイチャなんてズルいー!」
レベッタさんが割り込んできて、二人に抱き付かれてしまう。
騒がしくなったので、当然のように周囲からは白い目で見られてしまった。
気まずい。
無言で出て行けという圧力を感じる。
どうしよう。みんなに言って外に出た方が良いのかな。
悩んでいると冒険者ギルドのドアが勢いよく開いて、衛兵たちがなだれ込んでくる。
抱き付いていた二人は僕を背に隠した。
「犯罪者が紛れ込んでいると通報があった。悪いが確認させてもらう」
前が見えないけど声でテレシアさんだと分かった。
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