第二章 再会

第51話 捕まえたーーっ!

前書き

主人公の性格に合わせて地の文を柔らかく変えました。

一人称も俺から僕に変えています。

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 僕が冒険者として初めて受けた仕事はすごく大変だった。


 洞窟で生き埋めになりかけ、命からがら脱出したと思ったら、今後はメスゴブリンの集団に襲われて死にかけてしまう。『スキルブースター』の力と、スカーテ王女が護衛として派遣した女性騎士が助けに来てくれなければ、全滅していたかもしれない。


 それほどギリギリの戦いをしていたんだ。


 町の中にいると忘れがちだけど、この世界は日本と違って危険がいっぱいある。


 だからといってレベッタさんたちに危険な仕事を任せ、僕だけ安全な場所でのんびりなんてしたくはない。ちゃんと冒険者としての活動は続ける予定だ。


 でも充電期間が必要なのも事実。すぐ次の冒険をしようだなんて思えない。


 リビングで横になってダラダラと無意味な時間を過ごしているのも仕方ないこと……のはず!


「あー! またイオ君、ソファで横になってるー! 体に良くないよっ!」


 何もする気力が沸かずソファの上で横になっていたら、狩人のレベッタさんに注意されてしまった。上下の服は肌にぴったりと張り付いていて、締まるところは締まり、出るところは出ている体型が強調されている。


 僕だって一日中、家でゴロゴロしているのは体に悪いよなぁとは思っているよ。ダメな生活をしているとは分かってるんだけど、動き出すきっかけがなくてズルズルと今の生活を続けてしまっている。


 一通り町を観光してしまったこともあって、外に出たいという強いモチベーションがでてこないんだよ。


「レベッタさんは朝から元気だね。これから訓練するの?」


「うん。イオ君のために作られた男性特区エリアをランニングする予定なんだ。一緒に行こうよー」


 魅力的な提案だ。


 怠けた生活を始めて一週間ほど経っているし、体力も落ちてきている頃だ。冒険者として活動を続けるのであれば、運動を再開した方が良いのは間違いない。


 と、頭で分かって動けるんであれば、僕はダラダラとした生活はしていない。


「どうしようかなぁ」


 なんて呟いていたら、ひょいとレベッタさんに持ち上げられ、抱きしめられてしまった。


 僕の顔は二つの大きな胸に挟まれてしまう。ちょっとだけ息苦しいけど、幸福度が急上昇するほどの柔らかさを感じる。いつもと違って革鎧を着てない上に、薄い生地の服を着ているだけなので、体温がダイレクトに伝わるほど生々しい。これを嫌がる男なんていないだろう。


 手で押しのけようとして、細いけどしっかりと引き締まったお腹周りを触ってみる。

 びくともしない。

 やっぱり、どんなに鍛えても男は力では勝てないみたいだ。


「捕まえたーーっ!」


 ぎゅーっと強く抱きしめられる。痛い! 痛いって!


 さっきまでは天国だったのに地獄に落とされたみたいだ。落差が激しい。


 手足をバタバタと動かして抜け出そうとしているんだけど、レベッタさんは気づいてくれない。きっとたいして力を入れてない、なんて思っているんだと思う。


 意外と男の体は繊細なんだって、気づいてもらわないといつか死んじゃう気がする。


 死因、女性からの抱擁は避けたいッ!


「レベッタ、やりすぎ」


 救いの女神ことヘイリーさんが、拘束している腕を掴んで僕を解放してくれた。


 落ちそうになるところを確保されると、何故か家の奥に行こうとする。その先は二階上がる階段しかないんだけど。


「私から獲物を奪うなんて、親友とはいえ許さないよ?」


「隙を作るのが悪い」


 僕を抱きかかえたまま立ち止まったヘイリーさんは、振り返るとレベッタさんと睨みあう。


 二人の関係が悪くなってしまいそうだ! 早く止めないと。


 何か良い方法がないか周囲を見ると、ドワーフのメヌさんと目が合った。髪色がピンクだから見つけやすいんだよね。


 仲裁してもらえるかもと思ったのは一瞬だけ。にちゃぁと笑った。


 嫌な予感がして頬が引きつる。


 気づかれないよう這いつくばって素早く移動したメヌさんは、僕の足を触りだした。優しい手つきで撫でてくる。よく分からないけど、なんだかイヤらしい。口はだらしなく開いていて、よだれが出はじめている。目の焦点は合ってないので、妄想の世界に入り込んでしまったのかも。


 この家で残る最後の希望があるとしたら、ドラゴニュートのアグラエルさんだ。


 今どこにいるんだろう。


 早く来て欲しいと願っていると、レベッタさんが飛びかかってきた。


 ヘイリーさんの目が光っている。動体視力強化のスキルを使っているみたいで、後ろに飛んで避けてしまった。そのまま階段を駆け上ろうとして……何かにぶつかって転げ落ちてしまった。


「イオ君を部屋に連れて行って、な、何をするつもりだったんだっ!」


 顔を真っ赤にさせたアグラエルさんが、尻尾をだんだんと階段に叩きつけながら叫んだ。


「わかってるくせに」


「変態っ!」


 アグラエルさんが飛びかかってきたので、ヘイリーさんは僕を手放すと取っ組み合いを始めてしまった。


 ようやく解放されたので、この場から逃げだそうとしてドアに近づく。


「運動、しよっかっ!」


 さすが狩人。抜け目ない。レベッタさんに見つかってしまい、手をつながれてしまう。


 もう運動したくはないと言ってはいけない状況だ。


「うん。そうしよっか。準備するからちょっと待ってね」


 寝間着だったので運動できるような動きやすい服装に着替えると、スカーテ王女からもらった指輪と黒いチョーカーを付ける。これで僕の姿が女性のように見えて、声が高音になるのだ。


 争っているアグラエルさんとヘイリーさんは無視し、僕のお尻を触ろうとしたメヌさんを避けて外に出た。


 久々に新鮮な空気を吸い込む。


 淀んでいた気持ちは吹き飛んだ気がした。


 空は晴れていて気温はちょうど良く、体を動かしたくなる。


 もっと早くレベッタさんの提案に乗っていれば良かったな。

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