第33話 スカーテ:違う。身辺警護だ

 ドアが閉まり、イオディプス君の姿が見えなくなった。


「お前も見たか?」


 私の専属護衛騎士であり小さい頃から一緒に育った幼なじみでもあるルアンナに声をかけた。


 ガバッと起き上がり私を見る。


「もちろんです。ピンクでした!」


 やはりな。私と同じ光景を目に焼き付けているようだ。


「盛り上がった筋肉も良かったな」

「はい! 男ってあんなに筋肉がつくんですね!」


 王族である私や専属護衛のルアンナは、平民と違って男と会う機会は何度もあった。それも一人、二人ではない。子種を提供するだけの家畜扱いされている男から、貴族の夫、さらには子供まで幅広い。


 今まで出会った男はでっぷりと太っているか、もしくは体が細い人ばかり。イオディプスのように筋肉質なのは稀だった。その点は非情に高く評価できる。


「触りたかった……」


 ルアンナが願望を口に出したが、咎める気にはならなかった。


 だって、私も触りたかったからっっ!!


 盛り上がった筋肉に指を這わせ、優しくなでたい。胸にあるピンク色のぽっちを触ったら、彼はどんな反応をするのだろうか。想像しただけで頭がおかしくなってしまいそうだ。


 王族の使命なんて投げ捨てて、イオディプスと一緒に住みたい。


 監禁して私だけを見て欲しい。


 彼の子供は私だけにしたい。


 欲望が止めどなく流れ出て、まともな思考に戻らず困ってしまう。


 淑女であれ、賢くあれと育てられたが、どうやら教育は敗北してしまったようだ。


「ルアンナ、新しい任務を与える」

「なんでしょう? 男でもくれるんですか?」


 ああ、こいつも頭の中がピンク色になっているな。任務と言ったのに、なんで男がもらえると思ったんだ!


 救国の英雄になるレベルの偉業をつくらないかぎり、褒美に男なんてもらえないぞ。


 それにだ。もらうなら私が先だ。それは譲れない。


「これからイオディプスの近くに住みなさい」

「拝命いたしましたっっ!!」


 キラキラと輝くのような笑顔で敬礼されてしまった。


 浮かれてムカつく。王女って立場じゃなければ私が行ったのに!


「遊ぶわけじゃないのは分かっているよな?」

「もちろん! 合法的にイオディプス君をストーキングして良いんですよね!」


 ダメだ。何もわかっていない。


 ここまで色ボケが酷くなるとは思わなかったぞ。ルアンナは戦いのセンスは抜群で男との距離も適切に取れ、真面目だったんだが……。イオディプス君と出会っておかしくなってしまったようだ。


「違う。身辺警護だ」

「え、合法的に接触までしていいんですか!?」

「バカっ!!」


 思わず頭を叩いてしまった。淑女らしくない行為だが、臣下の愚行を諫めるのも主人の仕事である。


「敵が接触してくる前に処分、仮に接触したら命を賭けてイオディプスを守るのが仕事だ!」

「えーー。それって大事になるまでは影で動けってことじゃないですか! 触れあいはなし!?」

「諦めろ。それがルアンナの仕事だ」

「そんなぁ。私の胸ちゃんが……」


 崩れ落ちたルアンナは床を何度も叩いている。長い付き合いだが、筋肉好きなのは初めて知った。私も嫌いじゃないから理解はできるけどな。


「任せたぞ」


 これ以上話していると私まで知能指数が下がってしまいそうなので、一人で部屋を出る。


 ドアの近くで待機していた侍女を引き連れて廊下を歩き、小さな部屋に入った。隣にはイオディプス達が滞在している応接室がある。壁はマジックアイテムとなっていて、キーワードを唱えると応接室の中が見えるようになる仕掛けが入っているのだ。さらに声までも拾い上げてくれる。


 さて。私との会話を踏まえて仲間とどんな話すのか。確認させてもらうぞ。


「オープン」


 壁が透明になった。応接室の方は変わってないので一方的に観察ができる。


 同行していた女たちはトイレに行ったのか、姿は見えない。イオディプスだけが室内にいる。


 部屋が暑いのか上着を脱いでソファに投げ捨てると、ワイシャツのボタンを四つも開けた。


「ななななななななっ」


 突然、半裸姿が視界に入り顔が熱い!


「イオディプス君はお前なにを……」

「お嬢様。しーです。バレてしまいますよ」


 後ろで控えていたはずの侍女が、壁に張り付きなながら注意した。


 私、主人なんだが。


「だったら壁から離れなさい」

「乙女の妄想が目の前に広がっているんです。無理ですよ!」


 鼻血を流しながら力説されてしまった。


 男の着替えを覗き込むというのは、恋愛小説で鉄板の展開だ。私だって何度も妄想したことがある。


「ああ。そんな大胆なっ!」


 部屋が暑かったみたいで、応接室に置いていたタオルを手に取ると体中を拭き始めたのだ。割れた腹筋が見える。胸まで丸見えだ。


 誰もいないからって警戒心が薄すぎる! けしからん!


「王女様も好きですね」

「これは不可抗力だ」


 いつのまにか私も壁に張り付いていた。


 半裸姿のイオディプスが目の前にいる。タオルを壁に掛けているみたいだ。


「しゅごい。しゅごい」


 私の侍女は壊れてしまったようだ。意味のわからない言葉ばかりを呟いている。ルアンナもそうだったが、イオディプスに関わると臣下がどんどんおかしくなっていく。


 スキルランクばかり気にしていたが、隙の多さもやっかいだな。このままだと近くにいる女の理性は吹き飛んでしまうぞ。


 男は警戒心が高く、ランクが高くなれば性欲すら減衰するうえに女を憎むようになる。しかし目の前のイオディプスは、そんな常識を軽々と壊してくれそうな気がしていた。


 まったくもう。目が離せないじゃないか!

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