第30話 私はナイテア王国第一王女のスカーテだ

 馬車での移動は一時間もかからなかった。


 この町の中にある一番大きな屋敷へ入ると玄関前で止まる。馬車のドアが開いたので外に出た。


 玄関には執事っぽい女性が立っていて、質の良さそうな燕尾服を着ている。男装をしているみたいだ。俺の姿を見ると胸に手を当てて頭を下げる。


「ご足労ありがとうございます」


 丁寧な態度に好感を持つ。


 ルアンナさんもそうだったが、俺が男だからといって慌てたり、恥ずかしがったりするような態度はしない。もちろん襲ってくることも。王族に仕えているからか、ちゃんと教育されているようだ。


「スカーテ王女殿下がお待ちしております。お疲れの所恐れ入りますが、ご案内してもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


 頭を上げた男装の執事が指をパチンと弾いた。


 ドアが開き侍女らしき人たちが、わらわらと出てくる。


「護衛のお二人は応接室にご案内いたします」


 レベッタさんとヘイリーさんは、屋敷の中に連れて行かれてしまった。最初は抵抗しようとしていたみたいだが、流れるような動作で武器や荷物を持たれてしまい、何も出来なかった。恐ろしいと感じてしまうほどの連携力だ。


「では、参りましょう」


 男装の執事が背を見せて案内を始める。俺の後ろには御者をしてくれたルアンナさんがいて、逃げることは不可能。レベッタさんと合流も難しいだろう。


 敵意は感じないし、難しいことを言われたら検討しますといって先延ばしにすれば良い。


 今は逃げずに大人しくついていこう。


 赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、ゆるくカーブした階段を上がって二階に着く。壁にデカい女性の絵があった。ゆるくウェーブのかかった金髪で、年齢は二十歳前後ぐらいだろうか。高い知性を感じさせるような表情は冷たい印象を与えるが、なぜか母性の強さも感じる。一目見ただけで好意を抱いてしまった。


「スカーテ王女殿下でございます」

「この方が」

「王族なのに他者に優しい、素晴らしい方です」


 男装の執事が誇らしげに言っていた。


 彼女はスカーテ王女と何度もあったことがあるのだろう。


 ここは領主の屋敷ではなさそうだ。


「お屋敷は王族の所有物なんですか?」

「避暑地の一つとして、スカーテ王女殿下様が所有されております」

「こんな大きなお屋敷をいくつも持っているんですね」


 王族だから当たり前なのかもしれないが、屋敷を何個ももっているなんて金持ちだな。王女様についていけば、裕福な暮らしは保証されたようなものである。


 俺は身の丈以上の金は欲しいとは思わないが、金に目がくらんでしまう男も多いんだろうな。


「このお屋敷にご興味でも?」

「いえ、すごいなと思っただけです」

「そうですか」


 男装の執事はそれ以上、何も聞いてこなかった。


 無言でいると案内が再開される。

 もうすぐ王女と対面するだろう。


 王族として教育されているはずで、準備せずに話し合いしても簡単に言いくるめられてしまうはず。俺が有利な状況にもっていけるように、出会い頭に相手を動揺させるような方法をとった良いのかも?


 無礼者と怒られる可能性もあるが、今まで出会った女性の反応からして、そうなる可能性は低い。むしろ好意を持たれるかもしれない。


 うん、意外と悪くないかも。


 恥ずかしさを抑えてワイシャツの第三ボタンを外しておく。


 色仕掛けによって相手が動揺すれば話し合いを有利に進められるだろう。過去の経験から、この世界の女性には高い効果を発揮すると確信があった。


 長い廊下を歩いていると、突き当たりにたどり着く。


「こちらでございます」


 ドアの横に立った男装の執事が頭を下げていた。俺の姿を見なかったからか、動揺している雰囲気はない。


 ゆっくりと深呼吸をしてから中に入る。


 ルアンナさんも後に続くとドアが閉まった。


「我が屋敷へようこそ。イオディプス君。私はナイテア王国第一王女のスカーテだ」


 バラのような赤いドレスには、ダイヤモンドのような輝きを放つ宝石で飾られていた。


 スカートの端をつまみながら、おじぎをした。淑女らしい振る舞いだ。


 挨拶が終わってスカーテ王女が俺をしっかりと見た。


「え……」


 つまんでいたスカートから手が離れた。


 明らかに動揺している。狙い通り動揺してくれたようだ。


「初めまして。イオディプスと申します」

「は、はい。どどどどうぞこちらにお座りください」

「失礼します」


 完全に俺のペースに持って行けたぞ。


 ソファに座ると、ふわふわのクッションが俺の尻を包んだ。顔を真っ赤にさせたスカーテ王女は俺の正面にいる。


「それで今日はどのような用件でしょうか?」

「えーと、それはですねぇ」


 チラチラと俺の胸を見ている。視線が丸わかりだ。


 不信に思ったのかルアンナさんがスカーテ王女の隣に立つ。


「どうされました?」

「いえ、あれ、その……」


 口ごもっていて説明になっていない。ルアンナさんは俺を見る。


「なななななんて格好をっ!?」


 驚きすぎたようでペタリと座り込んでしまった。


 鼻から一筋の血が流れて意識を失ってしまう。


 えええ!!


「我々には刺激が強すぎる。すまないがボタンを閉めてもらえないか?」


 スカーテ王女は鼻を押さえながら言った。ルアンナさんみたいに鼻血が出そうなのだろうか。


 動揺させる以上の効果を発揮させているようで、まともに会話が出来る状況じゃなさそう。慌ててワイシャツのボタンを閉じる。


「ふぅ。よかった。私、頑張った」

「あの。ルアンナさんは」

「良い夢を見ているようだから放置で良いだろう」


 本当かと思って顔を見ると、口元を緩めながら涎を垂らしていた。「えへへ。その筋肉が……」なんて呟いていて、幸せな夢を見ているようである。


「……みたいですね」


 血を流したから心配になったけど、あの様子なら放っておこう。それよりもスカーテ王女との話し合いを優先するべきだ。


「いろんなトラブルがあったけど、ようやく会えて嬉しいよ。イオディプス君」


 俺が町にきてからスカーテ王女と出会うまで、さほど時間はかかっていない。ようやく、といった単語を使うのは適切でないだろう。


 もっと昔から俺のことを知っていたはずだ。軽く探りを入れてみよう。


「もしかしてスキル判定の儀式が終わった後に会う予定でしたか?」


 男性、しかもスキルランクSSだったのだ。確保しておこうと動くのは自然な流れだと思った。


 俺の予想は当たっていたようで、スカーテ王女はうなずいてから薄い唇が動く。


「SSランクの男性を他国に取られるわけにはいかないからね。報告をもらった翌日にはルクス村に到着したんだが……君はいなかった」


 逃げたことを責めるのではなく、安堵したような声色だった。


 SSスキル持ちの俺を手に入れたかったんだろうが、どうしてそこまで必死なのか理解できないでいる。

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