第2話 うそ……今、お礼を言われた!? 男性に?

 なぜ俺はここにいるのか、母さんは無事だったのか、元の世界に戻れるのか、そんな疑問は後回しだ。今を生き抜くため、スキルについて調べていく。


 どうやらスキルにはランクというものがあって、一番低いのはDでC、B、A、S、SSと六段階あるらしい。


 DやCはとある分野において「少し得意」というレベルで、国民の八割はこのランクになる。実用的だと言われるのはB以降だ。


 Bランクのスキルになると肉体の一部が強化でき、Aランクでは肉体全体の強化や、超常的な現象と呼ばれる魔法のスキルまで覚えるようである。そしてSやSSは――。


「何しているの?」


 声をかけられたので顔を上げた。


 目に入ったのは、太陽の光を反射して輝く白銀の長髪。一本にまとめられていて、運動しても邪魔にならないよう配慮されている。目は二重で大きく、唇は薄い。髪色とは違って冷たい印象はなく、親しみを感じるような笑みをしていた。見た感じ、俺より年上で二十歳ぐらいだろう。


 視線をやや下に下げると大きな胸で止まる。サイズなんてわからないけど、すごく大きい。男であれば絶対に注目してしまう魅力がある。


 彼女は緑色の革鎧と同素材のグローブをつけていて、片手にはショートボウと呼ばれる弓があった。


 巨乳の狩人だ。美人と付け加えてもいい。


「ねえ、無視は酷いんじゃないかな?」


 相手の様子を見ていたら、また声をかけられてしまった。


 敵意は感じない。反応しないのは失礼だろうと思って、立ち上がってから口を開く。


「ごめんなさい。急に声をかけられたから、驚いちゃって……」


 自分のことながら苦しい言い訳だなと思いつつ、狩人さんの顔を見る。


 口をぽかんと開いて固まっていた。


 ちょっと間が抜けた顔をしても、美しいと感じてしまうから不思議だ。


 見蕩れていると、狩人さんの腕が伸びて肩を力強く掴まれた。興奮しているのか鼻息が荒い。若い女性特有の甘い匂いがして、頭がクラクラしてきた。


「ややややっぱり、ききききみって、おおおとこ、だだだだよね????」

「う、うん。男……です」


 動揺しながら聞かれたので、思わず素直に返事をしてしまった。目がギラリと光ったように見えたけど、気のせい……だよね?


 変わった反応をする人なんだなと思っていたら、狩人さんの顔が急に近づいてきた。もう少しで接触してしまいそう。


「私は女ですけど」

「うん。見てわかります」

「こんなに近づいて嫌じゃない?」

「え、別に? むしろ嬉しいぐらいで……」


 って何を言っているんだろう。初対面の人に失言してしまった。なんて後悔していたら、狩人さんは俺から離れてしまった。


 機嫌を悪くしたんじゃないかと気になったけど、喜んでいるような笑顔を見せている。


 さっきの会話で、嬉しそうにするポイントなんてなかったけど。

 この世界だと違う?

 さっきから情報量が多すぎて頭が追いつかない。


 何をすれば良いのかわからず、じっと様子を見る。

 狩人さんは、手のひらを嗅いでいた。


 え、俺って、そんなに臭かったのかな? 腕を鼻につけて臭いを確認してみるけど、気になるほどではなかった。人に嫌われるほどではない。少しほこりっぽいかなって、感じだ。


「あのー」


 狩人さんが、ちょっと控えめな感じで声をかけてきた。


「なんですか?」

「男性なのに、なんでこんなところに? どこかに仲間がいるの?」


 町が見える場所とはいえ、誰もいない草原だ。魔物が襲ってくるかもしれないのに、のんびりと本を読んでいたのだから、違和感があって質問したのだろう。


「俺だけです」

「え、本当にたった一人? 護衛の女性はいないの?」

「いません。普通は護衛をつけるものなんでしょうか」


 ナイフぐらいは持っているけど、本に書いてあった魔物と戦えるような準備はしていない。狩人さんから見れば、自殺志願者のように見えたのかも。


 実際、この体の持ち主であったイオディプスは、自死を望んでいたのだから間違いではないんだけど。


「街の外に出るなら数人の護衛は必須だから! こんな危険なところに一人でいたらダメだって!」


 本気で心配してくれている目をしている。狩人さんは、すごく性格のいい人なんだろうと感じた。


 クソ親父に刺されて死んだと思ったら、よくわからない世界に来て状況がよくわかってない俺からすると、幸運の女神のように見える。


「心配してくれてありがとうございます」


 笑顔を作って、精一杯のお礼を言った。


「うそ! 今、お礼を言われた!? 男性に?」

「ダメでした?」

「いやいやいやいや!! ダメじゃない! むしろ嬉しいっていうか、ありがとうございます!!」

「こっちこそ、ありがとうございます。実は一人で心細かったんですよ」


 これは嘘偽りのない本音。町の入り方すらわからない俺にとって、親切な狩人さんの存在は、すごくありがたい。


「どうして一人なのか聞いてもいい?」

「もちろんです」


 やはりそうなるよな。俺でも同じことを聞くだろう。


 その場しのぎではあるが、話しながら考えていた言い訳を伝えることにする。


「10歳になって判別の日を終えたらすぐ、村を出て森の中で暮らしてたんですよ」

「一人で?」

「はい」


 俺はこの世界の常識がわからないので、僻地で生活していたことにしたのだ。これなら多少、変な質問をしていても不審には思われないだろう。


「なるほどね。じゃあ、すぐ森に帰るのかな?」


 深くは追及されなかった。疑われているかもしれないけど、一応は話を聞いてくれるみたい。


「一人の生活は飽きたので、近くにある町を見に行こうと――」

「だったら、私が案内しましょうかっ!?」


 食い込み気味に言われてしまった。なんだか酷く興奮しているように見えるけど気のせいだろう。


 この世界に疎い俺にとって、ありがたい提案だから断る理由はない。


「それは助かります」

「やったーーっ!!」


 お礼を言ったら、飛び跳ねるぐらい喜ばれてしまった。他人のために本気で動こうとする狩人さんは、間違いなく良い人なんだと思う。

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