第3話 レベッタ:一人もいないんですか? その、恋人が……

 私、レベッタは、冒険者として活動を始めて三年目、今年で二十歳になる。業界では中堅くらいに位置かな。


 今日は新しい弓を調達したので、試しに使ってみようと思って街の外に出ている。天気が良く、願望を口に出すほど気分は上がっていた。


「いい男、落ちてないかなーっ!」


 女が多すぎて、男を見ただけで幸運だと思える世界だ。

 そんな都合の良いことは起こらないって分かっている。


 でもさー、願いを持つことぐらいは許されるよね。


 性格や見た目が悪くてもいい。性別が男なら、どんな人でも受け入れる準備はできているんだけど、本当に出会いがなくて困っちゃう。


 スキルランクの高い人は貴族が手放さないし、逆に低めな男は豪商といった裕福な人たちが抱え込んじゃう。私みたいな普通の平民じゃ、男と話す機会なんてない。遠くから見るだけなんだよね。


「男が欲しいなーーーーっ!」


 金持ちや権力者の独占を許すなっ!


 私だって男と手をつなぎたい! おしゃべりしたい! 一緒にお風呂入りたい!


 この願いが叶うなら、犯罪にだって手を染めちゃうよ!


 男のためなら何でもする覚悟はあるけど、結局のところ金か権力がなければダメなんだよね。


 平民の私たちができることといったら、スキルランクDである男の精子を買って魔法受精するだけ。


 魔物と戦って何度も死にそうになりながら仲間と一緒にお金を貯めても、男は手に入らないのだ。


 フリーの男を見つけない限り、一生、独身のままで終わってしまいそう。


 そんなのは嫌だ。私の体は男を求めている! こうなったら、男の周りにいる女を全員殺して奪い取るしかない!


 まずはシミュレーションね。脳内で男を奪い取るために戦う妄想をする。


 二人ぐらいを弓で射ったところで、草原に人がいることに気づいた。


 魔物が出現する危険な場所で本を読んでいるみたい。

 綺麗な青髪で、体型からして女じゃないことはすぐに分かった。


 私のセンサーが男を発見したと騒いでいる!


「本当に、男が落ちてた!?」


 目をこすっても姿は消えない。幻じゃないみたい! やったーっ!


 うるさいと感じるぐらい、心臓がドクドクと動いている。


 落ち着け、私。まだ、慌てるな。近くに仲間が潜んでいて、男につられたバカな女を罠にはめるつもりなのかもしれない。


 すぐに駆け寄りたい気持ちを抑えると、しゃがんで足跡がないか確認する。


 うん。一人分しかない。


 狩人である私が入念に確認したけど、他の人がいる痕跡はなかった。


 時間をかけてしまったのでどこかに行ったかもと心配になったけど、ずっと本を読んでいて動いていない。すごい集中力。これなら、気づかれずに近寄れる!


 獲物を狙うときと同じように音は立てず、ゆっくりと進み、背後に回る。


「何しているの?」


 ついに声をかけちゃった!


 無視されたらどうしようと思ったけど、私の声に気づいて顔を上げてくれた。


 可愛い顔! 年下! はい、タイプでーすっ!! お持ち帰りしましょー!


 って、いやいや、落ち着け、私。あせっちゃだめ。まだ油断できない。女である可能性は残っているのだから。声を確認しなきゃ。


 ずっと黙っているけど、早く喋ってよっ!!


「ねえ、無視は酷いんじゃないかな?」


 焦って暴言を吐いちゃった!


 男って短気だと聞いているし、怒って逃げちゃうかも。それとも侮辱されたと言って、衛兵に通報するかも。


 やば、人生詰んだ!


「ごめんなさい。急に声をかけられて驚いちゃって……」


 と思ったら大逆転! はい、優しい男の子! 確定でーーす!! 衛兵なんて怖くない! 絶対に幸運を使い切ったっ! 明日死ぬかも! だったら好き放題するしかないよね!!


 もう自分では何を考えているかわからない。違う。考えなくて良いんだ。本能に従おう!


 彼の肩を掴んで顔を近づけて、思いっきり鼻から空気を吸う。


 あぁ、目眩がして倒れてしまいそうなほど良い匂いだっ。


「ややややっぱり、ききききみって、おおおとこ、だだだだよね????」

「う、うん。男……です」


 正直、その後のことは何も覚えてない。気づいたら男の手を強く握って草原を歩いていた。ここまでしても、誰もこないということは、本当に一人だったみたい。


 ちらっと顔を見たら美男子だったのは変わらない。あまりにも美しいから一瞬だけ意識を失い、仰向けに倒れてしまった。


「大丈夫ですか!?」


 慌てる顔が可愛い。そのまま食べちゃいたいけど、ここだと他人に見つかって奪われるかもしれない。エサは安全な場所で食べないと。


 自然と出てきた、よだれを腕で拭ってから立ち上がる。


「ごめん。足を滑らせたみたいで」

「頭打ってませんか?」


 え、私に優しい言葉を!?


 男は女なんて野蛮で汚い存在ぐらいにしか思ってなく、目が合うだけで嫌な顔をされる、といった噂話をいくつか聞いたことがあった。実際、男が女をゴミのように扱う姿を何度か目撃したことがあるから、嘘ではないはずなんだけど。


 きっと彼が優しいだけなんだろう。

 仮に今の姿が嘘だとしても、すごく嬉しい。

 幸せだ。


「うん。ちゃんと受け身を取ったから」


 倒れたときに離れてしまった手を握り、彼の顔を見る。やっぱ、かっこいい。


 え、どうしよう。押し倒して服を脱がしたい。でも、そんなことをしたら逃げられちゃうので、まだ我慢、我慢。


「それより。自己紹介がまだだったね。私は冒険者のレベッタ。年齢は二十歳で、彼氏はいたことはありません。すっっっっごくフリーだよ!」

「俺はイオディプスです。年齢は……忘れちゃいました。同じく恋人はいません」


 恋人のいない男なんて、赤ちゃんぐらいしかいないはずなのに。


 ポンコツな脳みそが聞き間違えちゃったかな。

 ちゃんと確認しないと。


「一人もいないの? その、恋人が……」

「ええ。ずっと、森の中にいたので」


 きたきたきた! ドラゴンよりも珍しい生物ゲットっ!


 冒険者仲間と住んでいる家――パーティハウスに連れて行かなきゃ。絶対に他の女に見つかるわけにはいかないので、リュックにしまっていたローブを取り出すと、イオディプスちゃんに身につけもらい、フードをかぶせる。


 これで性別は隠せるだろう。って、私が身につけていたローブを男がつけてる。これは合体じゃない!? うわ。エロっっ!!


 我慢の限界が来ちゃいそう。早く持ち帰らないと……!

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