カラフルフェイス

輝響 ライト

カラフルフェイス

 有色人、色を持つ人間の総称だ。

 彼らのからだは、自身の感情によって様々な色に変化する。

 怒りの赤、悲しみの青、嬉しさの黄色、苦しみの緑。

 様々な色に変わる彼らにとって、無色人の僕は汚らわしいナニカらしい。



 ◇   ◇   ◇



「おいハイイロ、後はお前がやっとけよ!」

「え、どうして?」

「うるさい!」


 おどけるようなオレンジから、真っ赤な赤に色が変わった。

 彼は怒っている、色がその感情を教えてくれた。

 誰かが怒っているときは、その人に謝らないといけないんだ。


「わかったよ、ごめん」

「ちっ……気持ち悪い」


 その言葉の通り、彼は心底気持ち悪く思ったんだろう、からだが深緑のような色に変わっていたからね。


「……掃除、やらなきゃ」


 孤児院のみんなが使う教室は、みんなで交代しながら掃除をするルール。

 だから、掃除はしっかりやらなきゃいけないんだ。


「あらニヒト、また一人で掃除をしているの?」

「……ママ・テルサ」

「今日の当番は……ルインね、まったくあの子はいつもいつも――」

「大丈夫だよ、ママ・テルサ」


 ママ・テルサは、みんなの事を思っている。その証拠に、すごく優しいあたたかな黄色をしているんだ。


「なら、今日は特別。ママも手伝うわ」

「それはどうして?」

「あなたに会わせたい人がいるからよ」


 ママ・テルサは、彼の置いていったホウキを手に取り、僕と一緒に掃除を始めた。

 そのおかげですごく早く終わったよ、やっぱりママ・テルサはすごいんだ!


「後でルインはしっかりと叱っておかないとね、じゃあ行きましょう」

「わかったよ、ママ・テルサ」


 僕はママ・テルサの後ろをついていった。

 教会の通路ではいろんな子達とすれ違うけど、いつもみんな、僕の事を視界にいれると色が変になるんだ。

 有色人は、基本的にほのかな黄色が元の色だってママ・テルサが言っていたけど、みんな緑だとか、赤だとか、オレンジだとか、そんな色になる。

 ママ・テルサは、「何も悪い事なんてない、ただみんな、貴方の事を知りたがっているのよ」って言ってたけど、とても興味を持ってそうな色じゃないね。


「さあここよ、紹介するわニヒト」


 そこは、普段ママ・テルサが仕事をしている部屋だった。

 子供たちは言いつけを守ってみんなこの部屋に入ってない。

 もちろん僕もそうだ。でも、中はどうなっているかは知らなくても、時々いろんな人が来ることは知っているよ。


「彼はグラス、貴方となら仲良くなれるんじゃないかと思って、一足先に紹介することにしたのよ」


 彼は、グラスは、子供だった。

 いつもは大人の人達ばっかりがこの部屋に入っていくから、てっきり大人がいるもんだと思っていたんだ。

 でも違う、僕と同じくらいの背丈をした、子供だったんだ。



 ◇   ◇   ◇



「グラス、こっちはニヒトよ」


 彼を見た時、彼は僕の同類だと感じた。

 なぜなら、彼のからだは灰色だったからだ。

 灰色、薄暗く、どんな感情にも属さない色で、無色人である僕と同じ色。

 虐げられて、親にも捨てられた僕にとっては、彼は初めての仲間で、唯一分かり合えるかもしれない。そう思わせてくれたのが彼だ。


「彼は真面目でいい子だから、きっとあなたを助けてくれるわ」


 きっとあなたを助けてくれる。

 その言葉が真実になるまで、そう時間はかからなかった。


 興味本位で僕の元にやってくる子達の言葉に、いろんな色が乗っている。

 始めは、みんな黄色っぽい色をしていた。

 好奇心の証だって、テルサさんは言っていた。

 でも、次第に水色っぽく、僕を見る目が変わっていった。

 その色を僕は知っている。

 いつも、母さん・・・が僕を見ている時の色だった。


 そんなある日のことだった。


「おいグラス、後はお前がやっとけ」


 夕方の掃除の時間、今日の当番は彼……ルインと僕だった。

 他の子と掃除したときは、みんなしっかりやっていた。

 でも、彼は違うようだった。


「ダメだよ、ちゃんとやらなきゃ」

「……は?」


 彼の表情が一変し、その体は赤く染まっていく。

 僕がその色を見るだけで、体は自然と拒絶反応を起こし、口からごめんなさいの言葉があふれ出てくる。

 よく、父さん・・・が僕を見ている時の色だった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――」

「……なん、だよ……」


 その声で遠退き始めていた意識が戻ってくる。

 いつの間にかホウキを投げ捨て、その場に屈み、頭を手で押さえている自分がいる事に気が付く。

 怖い、怒られることはすごく怖い。

 沢山殴られて、沢山蹴られて、全てを否定される。


「――っぁ」


 恐る恐る見上げた彼の表情にはきれいな水色が塗りたくられていた。

 水色が示す感情は恐怖。

 その恐怖の正体は……


「……グラス、大丈夫? こんなに透明になってしまって」

「とう、めい……」


 教室の入り口から駆け寄ってくるニヒトの灰色の瞳には、僕の姿が映っていない。

 頭を掴んでいた手を離すと、うっすらと輪郭だけが残る透けた腕がそこにあった。


「ハ、ハイイロ……?」

「……掃除は僕が変わるよ、早く終わらせないとママ・テルサに怒られちゃうからね」


 ルインはたっぷり時間をかけて頷き、逃げるように教室を出ていった。


「彼が水色になる事なんてあるんだね」


 ニヒトはそういって僕の方を向いた。

 彼は無表情だ。一週間の間、僕は彼と一緒にいたが、表情が変わる様子は一切なかった。

 何の感情も、色も見えない表情に、僕は安心していた。

 感情というものを知らなくて済む、他人の感情に気を使わなくて済む。

 だから、彼の灰色の表情を見ると、凄く落ち着くようになっていた。

 もちろん当たり前だ、彼は僕と同じなんだから。

 同じ灰色の仲間、無色人の仲間。


「もう大丈夫?」

「……うん」


 透けていた体も、いつの間にか元の灰色に戻っていた。

 彼が差し出した手を取り、立ち上がる。


「じゃあ、掃除を続けよう。僕も手伝うよ」

「ありがとう、ニヒト」


 黙々と掃除をするニヒトの様子はいつもと変わらなかった。

 でも、彼は透明になっていた僕を見ていて、何も言ってこない。


「なぁ、ニヒト」

「……どうしたの? グラス」

「君は、透明な僕を見て、何も思わなかったの?」

「うん、なにも」


 掃除する手を止めるわけでもなく、彼は言った。


「だって、グラスはグラスじゃないか。みんなだって色が変わるのに、透明になったくらいで何も変わらないだろう?」


 変わらない灰色の無表情な顔でも、いやだからこそ、僕は救われた。

 そうだ、色が見えなくても誰かを理解することは出来る。

 色が見えなくても、こうやって心を許せる人が出来る。

 そう思うと、知らなくてもいい色を見ないで済む無色人の方がいい。


「全人類が無色人だったらいいのに」

「急にどうしたんだい?」

「ほら、僕達無色人だって心を通わせることが出来るんだ。感情が見えなくたって――」

「……僕達? 僕は有色人だよ」

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