彼女たち
山田貴文
彼女たち
もうすぐ私の命は尽きようとしていた。平均寿命からすると早すぎるが、これが運命なら仕方ない。
病院の個室。無数のチューブにつながれた私の視界に入るのは、真剣な表情で立ち働く医師と看護師たち。少しでも長く私をこの世に引き留めようとしてくれているのだ。ありがたいことだが、まもなくそれも終わる。
壁のガラス越しに私の最期を見守っているのは妹家族だった。旦那と2人の子供たち。旦那とは実の弟のように仲良くしていたし、甥っ子と姪っ子もとことん可愛がってきた。こうして来てくれているのはとても嬉しい。
私の年齢であれば妻と成人した子供がいるのが普通なのだろう。だが、私は独身のままこの世を去ろうとしていた。
この年齢で夫や父が死んでしまったら、残された家族は絶望のどん底に突き落とされ嘆き悲しむに違いない。だから、むしろよかったのだと思ってみる。
でも、それは嘘だった。一生家庭を持てずにこの世を去る寂しさがこみ上げてくる。どうして俺は一人で。
その時、病室のドアが開いた。
子供から大人まで、年齢がばらばらの女性たちが部屋に入ってきた。そして、私のベッドを取り囲んだ。
私は彼女たちの顔を見て驚いた。
一番年下の女の子は幼稚園児ぐらいの年だったが、まさに私の初恋の相手だった。次に若い小学生の子。この子とは仲良くしていたが、私の引っ越しで離ればなれに。何十年ぶりだろう。中学の制服を着た子とは同じ部活で相思相愛だったが、よくまわりから冷やかされたっけ。進学後、疎遠になってそれっきりに。そして高校生の子。彼女とはもう少しで付き合いそうになったが、つまらないことで喧嘩して……。一番年配の女性は趣味の場で知り合いになり、意気投合して今度食事に行こうと話していたが、行けないまま私がこんなことに。
これまで好きだった女性たちが、出会った当時の姿と服装で私を囲んでいた。人生の最後に来てくれたのだ。
部屋の中にいたはずの医師と看護師たちはいつの間にか姿を消していた。ガラス越しにこちらを見ていた妹家族もいない。この部屋には私と彼女たちだけだった。
なぜか体につながれたチューブも消え失せ、私はベッドの上で上体を起こしていた。もちろん、瀕死の体はそんなことができる状態ではなかったのだが。
「まーくん」
「まさかずくん」
「山田さん」
一番小さい幼稚園児の子が私の名を呼ぶと、他の彼女たちもそれに続いた。愛称で呼ぶ子、名字で呼ぶ子、みんな当時私を呼んでいた呼び方で。
「みんな、来てくれたんだね」
私の目に涙があふれてきた。大好きだった彼女たちと最後にこうして最後に会えたのだ。
「私たちはあなたが大好きだったのよ」
初めて付き合った女性である大学生の子がそう言うと、女性全員が笑顔でうなずいた。ありがとう。なぜ私はこんないい子たちの誰とも結婚できなかったのだろう。
私は彼女たちに言った。
「今度生まれ変わったら、誰かぼくのお嫁さんになってくれるかな?」
「・・・・・・」
えっ。
「駄目?」
「・・・・・・」
彼女たちは微笑んだまま無言で私の顔を見ていた。
「嘘だろ。そこは社交辞令でもみんな手を上げるところじゃん。俺、もうすぐ死ぬんだよ」
「・・・・・・」
「確かにみんなにとって、結婚しようと思うほどの男じゃなかったから、こうなっているんだけど。でも、えーっ、俺、こんな気持ちでこの世を去るの?勘弁してよ」
「・・・・・・」
「はあっ。死ぬ前にこれまでの人生を反省するか」
「・・・・・・」
「来世こそはきっと」
「・・・・・・」
「ねえ、誰か何か言ってよ」
彼女たち 山田貴文 @Moonlightsy358
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