# The Ensemble

果たして、アコースティックギターデュオ:鈴池の解散で、浦安の士気は下がって行く。いや詳しく言うとそれは前兆で、震災復興を断念して行く大手チェーン店が歯抜けの様に撤退しては、街並みがやたらと静かになる。

まあそこは、生粋の浦安住人ならば、バブルを弾けた後の静謐さを知っているので、また新しい動きはあるだろうと、どこかで期待している。しかし残念がら、過去にあったディスコの様な王道娯楽も、閉鎖された大箱東京ベイNKホールの様な、新設備展開は噂に聞かない。

ただそこは新町にアミューズメントパークがある以上、それなりのおこぼれはあるかと、どうにも期待している。父三笠憲治郎曰く。うら寂しい時代になっちまったねは、咀嚼して私も漸く頷く。


そして、未だ右脛が痛々しい元町近所の妹分友塚愛希とも、浦安盛り上げ会をつい開くも。

待ってたら三十路越えるよね。ここは二人でレースクイーンになろうか、レーシングチーム何処にあるの。アイドルになろうか、0から初めてブレイクする迄三十路越えるわよ、そもそもティーンエイジャーじゃ無いでしょう私達。それなら、ミス浦安元町クイーンとして、駅前で湾内佃煮の小袋渡そうか、ご飯が進むだけでしょう。

まあ酒の席なので全て覚えていないが、妙案も正解は無い。そして締めとしては、いつ結婚出来るかね。知らない。と言う感じで、うちの居酒屋源蔵の座敷で二人仲良く安全に酔いつぶれる。しかもノーケアで、呆れられては朝迄起こされる事は無い。





ただ出会いの天使は、どうしても現れる。


ちょっと顔を出しなさいと、大手プロダクションのアークエンジェルの戸隠昌勝社長から直電が入る。かなり神妙だったので、ことりとはいで終えた。

東日本大震災以降、ライブ演出も派手な事が出来ない自粛模様に入ったので、制約の多い込み入った復興ライブの衣装合わせかとは覚悟した。喫水線を超えるか守るか、ここの認識が会社毎にコンセンサスが違い、私はまま総合職として頭を悩ませる。

重松美都里部長曰く、クライアントさんより、まずお客さんが感涙するかだからと。何を全くどうしたか、えらいハードルを上げて貰う事になる。


アークエンジェルの本社は、渋谷の桜丘町に自社ビル18階を構える、相当な大手だ。事に足繁く通う、今年のさくら通り、桜並木満開を抜けての賑わいも、いや、東日本大震災で記憶が多く占めて、曖昧なものになっている。改めて今年の春は人生で一番遠いかと、何を悟っているやら。


そして、アークエンジェルの接遇室に招かれると、そこには何故か、元アコースティックギターデュオ:鈴池の池畑涼治が待ち構えていた。

開口一番。互いにお仕事、そんな感じと。さて、微妙な距離をここで埋めるべきかは、話が途切れ途切れで、まあ大手プロジェクトのバックヤード業務ですかで、とんとお淑やかに置く。

そこに見計らった様に、戸隠昌勝社長が訪れる。

前置きとして、復興中でも景気が良いか悪いかは、戸隠昌勝社長の踏み込む距離感から、率直に市場が冷えているとは率直に述べた。

まあ、それならば好都合と、ベテラン女性秘書に指サインを送ると、私達の前に、契約書がそれぞれ置かれる。文面が長すぎて、面倒なので、私は最大限の笑顔でこれはと尋ねた。

The Ensemble結成のパートナー契約書であると。メンバーは君達、池畑涼治と三笠清美による音楽ユニットらしい。

何でも、戸隠昌勝社長の肝いりから映画部の方で、東日本大震災のドキュメント映画「誓い」を撮り続けているが、長期撮影の為に、スタッフ集めがままならないと。

特にスコア関係が深刻で、「誓い」のスコアだけに拘束出来る当てが無いので、いやいるでしょうと、音楽センスが玄人範疇の私達が呼び集められた。

心の中で、私達のAランク取引先だからと言って、本当無茶を。いやそれと同時に、日々震災復興で思いついていたフレーズが、一斉に溢れ出ようとしている。検討しましたがとても無理です。それは池畑涼治もああ同様かで、口元が微かに開いていた。ああはい。はいって、えっつ、行けちゃうの。

もっとも、戸隠昌勝社長はそうでしょうそうでしょうと、満面の笑みを浮かべる。特に私には、清美ちゃんは涼治ちゃんの事好きだよね、そう言う事で良いよねと、何をすっかり語っちゃって。恋愛面の本気の同意を求める。戸隠昌勝社長は、たまに見せるしつこい眼力で一直線に見つめる。私は、友達としてだからの、やや上の声色で、ああ、そうですねと、照れ混じりにしか答えられない。

The人間、戸隠昌勝としては尊敬するが、デリカシーが都度都度存分超えて来るので、受け流す術を覚えたのは、私も大人なんだと溜め息も隠さず吐く。

その間に、隣では池畑涼治が、向こう見ずに双方向契約書にサインをして、持参のハンコを押すその間際に、私が待ったを掛けた。涼治さん何も聞いて無いの、何を受け流すの、いや折角だから流しても良い。

だがしかし、待ってと。それを押したら、私達コンビですよね、その前に私に何故同意を求めないのですか。池畑涼治は慣れると親身だが、まま受け流すナチュラリスト姿勢は、ここで一切発揮しなくて良い。

池畑涼治は、いや、こう言う事務手続きは俺の役割だからと、事も無げに答える。いつ終わるかわからない映画「誓い」プロジェクトなのですよと、私は食い下がる。ここで池畑涼治は私の瞳を見つめ、被災した東北に戻った辰巳さんもいるのに放っておけますか。強烈な沈黙が接遇室を覆う。

鈴宮辰巳の名を健気に出されたら、過去、いや今は割り切ってるかどうかよく分からないけど、池畑涼治の真摯な愛情を受け止めるしかなかった。

それだったら、私も受け止めろの眼力を強く送るが、池畑涼治は不思議に困り顔。涼治さん、そうじゃないのですよ、と、泣きそうになるが堪えた。

ただ、戸隠昌勝社長は爆笑の只中にいる。私は堪らずドスの利いた声で、社長、本当最悪ですよと毒づいてみたが、爆笑は収まる事はなかった。ここ迄噛み合わないプロジェクトのキックスタートがこれで良いのか、まあそこがアークエンジェルとしての純粋にフラットな社風で良い所なのだけど。





重松美都里のご機嫌は留めを知らない。私三笠清美と池畑涼治が、音楽ユニットThe Ensembleを結成したとあって、春よねと、ふふふんの脳天気を見せる。私は、もうお盆過ぎて気分的には秋ですと、ただ目を細める。


まあ私の一次受付全般と、肩書きがとんでもない女上司と、猫そのままの天才デザイナーの少数精鋭部署あって、恋人問題には目ざとい。恋愛は大いに結構だが、昨今では授かる方が先で、大仕事の代替え要員本当まずいと、ぴりっと、結構な警戒を持たれている。

恋人も何も、私がうっかり、池畑涼治の手の甲を触れただけで、あちらが強烈な電撃が走り飛び上がる。これでもしキスしたら、死ぬのかな池畑涼治はと、あらぬ妄想に走る。

私がそれを勇気を持って言おうものなら。Living or die、良いわね、そんな恋愛。おめでとう。ここは本当に面倒くさいので、二人まとめ戯れ張っ倒しに行く。





The Ensembleの映画音楽プロジェクトは、渋谷の桜丘町のアークエンジェル本社の自社ビル内の小規模録音スタジオ:クライモアをアンリミテッドに使い倒せる。ただ、互いに才知溢れる筈だが、何故か仕上がり迄に至るのがやたら長い。

まずは、池畑涼治の私に対しての、その距離感をおっかなびっくりをどうにかは和らげるべく、久しぶりにピアノ技巧に走るのだが。無理に、辰巳さんのギタートレモロを再現しなくて良いと辟易される。

と言う事で、私は仏頂面で一斉に鳴らすブロックコードで演奏するのだが、右手の中高音部ワンオクターブ削ってと、都度都度譜面の書き直しで腱鞘炎になりそうになる。

それでも池畑涼治は不満顔だ。いや待て、これは遠回しに、The Ensembleの根幹をトライアルせよなのか。私は、左手の低音の運指を減らし、ベース音を池畑涼治に委ねる。全くこれでは、ピアノのフルスケールの意味が全くない。

そこで漸く池畑涼治が、本来のギターフルスケールを縦横無尽にスイープする奏法で、見事に12小節に収める。清美さん、良いんじゃない。と、何その笑顔全開、キューン。さん付けでも、正直に仰け反り、音楽やってて良かったよ、お父さん、お母さん。私もその気になって、亮司さんのさん付けにした。

それが、つい先日からのの事。それは目敏い重松美都里部長にも見抜かれる訳か。





重松美都里部長には、アコースティックギターデュオ:鈴池の男性同士の恋愛の事は話していないつもりだが、私の会話の中の池畑涼治像で、どうしてもヒットした様だ。兎に角大人になりなさいと。

私は三十路前なのに、大人とはどういう事かで、つい顔を背ける。ついでに、重松美都里部長に、ずっと旦那さんの単身赴任で愛情続くものですかねと問いただすと。女性重松美都里は、自らのショートボブをくしゃくしゃにする。あちら方面は未だかと。


プリンシバルダンサー重松美都里の旦那は、バイオリニストの布施琢朗で2番目の夫に当たる。最初の旦那はフランス人で嫉妬心が強く3ヶ月で離婚したらしい。本人曰く初婚ノーカンと言うが、結婚指輪嵌めたら、無かった事は出来まい。

そこから重松美都里は発奮して、いざバレエの一本道を進む筈が、ジュリアスデザインワークスリサイタルで、布施琢朗と結ばれる事になる。

その特異なバイオリニストは、丁寧な1/4ピッチ落としの場面場面での使い分け全ての感情を網羅する。重松美都里としたら、こいつと離れたら私は駄目になると、リハ2日目で完落ちさせたらしい。勿論公演は成功し、公私共に人生を謳歌し、2度目のゴールを無事迎える。

とは言え。その二人の初公演を見たが、美都里さんは、琢朗さんの音を聞き過ぎて、出だしの遅さを重力として、実は誤魔化していた。まあここは音楽家でなければ分からない差異で、一般観客としては蟻地獄の重力に引きづり込まれた感覚が斬新になった事だろう。

そして2ヶ月交際結婚で幸せに行く筈も。布施琢朗は素晴らし過ぎて、札幌百年記念交響楽団のコンマスに招聘され、のめり込んだままほぼ帰って来ない。

私が労って、コンマスって何よりはコミュニケーションですからと言うも。だからって勃たないのはどうなのよ、と来る。私は、いやそう言うの聞いてないですからと、より目を細める。でも大切、違いますと、厳しい視線の往来が半エンドレスになる。


と言う。私達当事者のThe Ensemble以外は呑気なものだ。

そもそも副業音楽家の現実はと言うと、現代の音楽制作の内製化のスケールダウンって厳しいな、プロってどれだけ苦労してるのかを思い知る。

経費は都度精算で自腹を切らないものの、本業を超える副業収入は、各種保険が面倒だからと、月最大60時間に設定される。まあ、それならばも、時給1280円は、深夜のコンビニより実入りは多少良い。

いやアーティストならば著作権の印税がある筈も、契約的にCD契約は別途と、ドキュメント映画「誓い」のサウンドトラックの発売予定は話にも上がらない。ましてや、The EnsembleのEP発売すら、どうしようもなく先送りにされる。

兎に角、週末土曜日になれば、録音スタジオ:クライモアに詰めて、映画音楽作りをコツコツと積み重ねる。定期的に、涼治さんに会えるのは良いが、仕事終わりにまたと言われると、言い表わせない寂しさはある。





そんなある日の、アークエンジェルの戸隠昌勝社長とThe Ensembleとの対談となる。ドキュメント映画「誓い」は10年一区切りかなと、4年1章単位作を提示される。長いかなが正直な印象。その間に結婚は…見透かされるので身構えた。東北の被災地は、全くそう言う余裕は無いのだから。

そして、つい対談で油断した時に、新浦安のモールのオリジナルカフェショップ:Noble Lady's Chairのインストアライブの出演を促される。

そう言えばだった。新町の新浦安の被災で、ショップが撤退していく中で、アークエンジェルの店舗開発部が、コーヒーショップの居抜き開発に入って。Noble Lady's Chairの名前の通り、高い椅子のお店がつい先日新規オープンになった筈だ。

不意に、何故私達が出演するのですかになる。目敏いアマチュアは見つけ演奏させるも、何せ新浦安の駅西モールは食品コーナーが多く、ドラムがラージホールの鳴りで響き、即座にアコースティック系に路線を変えたと。

そんなの新規オープン前に分かる筈も、楽曲に自信有りでライブハウスのノリで、インストアライブを押したのが裏目に出たらしい。それならばと、基本アコースティック仕様のThe Ensembleが月一土曜のシフトを、半ば強引に組まれた。

断ろうも。最近は何でもかんでも、ラップトップミュージックの予定調和では、オリジナルカフェショップ:Noble Lady's Chairの高いコンセプトが崩れるのは、マーケティング的に納得せざる得ない。





その面談の日から、”The Ensemble" comes to Cafe Shop, Noble Lady's Chairのボードが掲げられる。新浦安で店を横切る程に、人前で演奏してないの何年振りかなと数えるも。まあ、仕事だしと思いつつで軽く乗り越える。

いやまあ、私一人では完全に飲まれる筈も。あのゲリラライブをこなし解散したアコースティックギターデュオ:鈴池の池畑涼治がいれば何とかなるでしょうと、ごく自然にタカを括っていた。


セットリストはと、私がスタッフ会議で延々突くも。涼治さんは雰囲気掴むからと、それは提出されず、候補曲だけが積み上がって行くの最悪の状況。どうなるのの日々で、セットリストがFAXで送られてきたのは、インストアライブの9月の二週目土曜の前の、その週の木曜日。

私は怒り心頭に打ち震える筈も、FAXを5度読み通し萎えた。全て女性シンガーのカバー曲で、これを涼治さんが歌うのかと、目眩に近い感動で打ち震えた。涼治さんの、ガットギターフルスケールを考えたキーは高い方が実に映える。

私はそこから配信サイトで、曲を探しつつ、涼治さんのキーEメロディックマイナーを基調に、私なりのアレンジで、そう来るかなのシミュレーション練習をした。


そして急普請の楽曲練習から、金曜の仕事終わりにスタジオ:クライモアに集合して、ほぼワンテイク、インストアライブ持ち時間1時間で見事に収まった。そう、セットリストは何の事は無い、涼治さんの持ち歌として無事着地した。

もっとも、私のゴリ押しのコードワークに、涼治さんのガットギターがスイープして合わせてくれているだけなのだが。私が、あの、を言うも。涼治さんは、ユニットってそんな感じだから、また明日、と珍しく微笑まれる。そのキュートさに、全くもうと、彼女風情でまあいいかに収めた。

事実やってる事は彼女以上の事なんだから、気を使って涼治さん。なんて、言ったら不思議顔されるので、ど酷い目眩が巡ってくる。





その翌日9月の二週目土曜当日。新浦安の駅西モールのオールバックヤードで私達は出番を待つ。

お昼は、私が母三笠貴子からお重を持たされ、親友にして妹分友塚愛希からもクッキーを持たされ、The Ensemble二人で仲睦まじく食した。美味しい。それはそうだ。それだったら例の件乗りましょうよを切り出す。


例の件とは、涼治さんがまま付き合いで、うちの居酒屋源蔵の暖簾を潜ると。父三笠憲治郎が、いつ迄不自由な小憎らしい新町に暮らしてるんだ。涼治さんは、まあ、何となく。母三笠貴子が、漁業従事者の部屋空いてるから3階に居候しなさいよ。お金そこ迄困ってないです。親友の妹分の友塚愛希が元町楽しいよと、色仕掛けでショートパンツ生足を余らせ狙い澄ますも、まるで効果無し。一丸となった私への外堀り埋めは、今も根気良く進む。

私は、春は特に湾内の貝類美味しいですよと、何気に諭すと。ううん、まあと。そこかいツボはと、一人で仰け反った。



そして15時開演の、15分前に、カフェショップのNoble Lady's Chairの女性チーフがお時間ですよと接遇に来る。

女性チーフが案内のまま、流石地元の名士、アコースティックギターデュオ:鈴池の元池畑涼治さんとあって、店を超えて、駅西モールの中央テラスにもお客さんが押しかけていますと。嬉しい悲鳴を上げながら、そのお客さんをやや掻き分け、Noble Lady's Chairの高台小さいステージ袖で待つ。

ちらっと店内を眺めると、満員御礼でおおと。最前列には、The Ensembleのファンクラブ会員番号No.2の妹分にして親友友塚愛希がいる。右脛は長いリハビリ治療のお陰で、区切り区切りで、実家の立ち仕事も出来るようになった。

いや、愛希のそれならファンクラブ会員番号No.1だろうも、そこは母三笠貴子が俄然居座る。相変わらず口達者に根回し上手で、浦安に基盤を置くなら、何を言ってる、1番は私でしょうになる。そう、今日までのご尽力を思い出すと、一つも言い返せない。


そしてステージと言っても、ソリッドな日本製のパワーアンプに、備え付けのセミプロ用のウエイト付き国産電子ピアノがあるくらいだ。せめて、アップライトピアノとは思ったが、Noble Lady's Chairは全見せ吹き抜け構造である為、防犯予防は至極当然だ。私は、より力強くと意を決した。

涼治さんはいつもの頑強なガットギターだが、改めて提案する。私は、やや分が悪いのでピアノのトレモロ多くで、音に厚み与えますを訴える。ただそこは生声のコーラスで十分、通しリハのままでいてと、私の肩をポンと叩かれる。あれだけ女性に触れるのはあれなのに、涼治さん振り絞っての勇気か。こんなふわりでも気合入っているのかと、背負うものが全て取れた。


そして開演。アーティスト池畑涼治が短く、The Ensembleです。楽しくいきましょう。とMCを終えると機体の拍手が起きて、私がカウントを送り役として唱える。

The Ensembleの定番オープニング曲は、ボサノヴァ「Mas Que Nada / Sergio Mendes」。そのボサノヴァの響きで、着席でも観客が揺れ始める。私はコードで固めるが、グルーヴは池畑涼治が歌いながら、ガットギターで縦横無尽にフルスケール駆け巡る。池畑涼治はリードギターは格別だと思っていたが、ここ迄メインで歌えるとは、最近やっと馴染んで来た。


その後のセットリストはバラティ豊かに、邦楽洋楽の硬軟織り交ぜ、全年代層を確かに掴む。

私のピアノはただパワープレイヤーで、どこにエンタテインメント性があるのかを挟みつつ、ファーストライブの御祝儀相場のそれはあれど、アコースティックギターデュオ:鈴池の安定期時代並の声援がステージに送られて来る。ライブはやはり格別だ。

音大時代に、もっと観客に阿るべきだったかなと、今となってはもはやになる。


そして最後のMC。池畑涼治が、私に一言と振られる。浦安は被災地域からそれとなく外されている傾向ですが、私達は復興を忘れていませんし、前にも進みます。そこで声が掠れ途切れる。

浦安は確かに復興しているが、未だ東日本大震災の被災の爪痕を残す。幾人もの巨人が横並びに海岸から上陸して、蹴り上げ、踏み込んだ様な惨状で、ああ、もう駄目だと悲嘆に暮れた。ただそれも、出来る範囲から、徐々に慣らし始め、新町も元町も、元の世界に戻ろうとしている。そこに私の影は、私は仕事と言いながらも、地元浦安に対して積極的にボランティアをしていない。それなのに、こんな声援を送って貰ってと、声を絞り出そうとしたら、池畑涼治が滑り込む。

先輩で、元コンビの鈴宮辰巳ですが、東北の岩出山でぼちぼち頑張ってます。勢い余って実家で復興と戻ったのですが、そこは復興現地と心が一緒に伴っていないと、どうしても歯車がズレるみたいです。急いで復興しようと、プレハブが先に出来ても、心が埋めようが有りませんしね。心焦せらず、今の進むべき道を、楽しみを見つけながら行きましょう。その為にも、The Ensembleも頑張ります。

池畑涼治の実に丁寧なMCがことり置かれると、観客から大声援が来る。そして、ここしかないタイミングで、私は電子ピアノでイントロを醸し出す。


「Lucky Star - Madonna」。ミドルテンポで、キャッチーなサビが印象的なので、ピアノサビを冒頭に持ってきては、池畑涼治が隣人にぶつからない様にとクラップを小刻みに打つ。そしてクラップのグルーブが響き渡る。

私も見計らって、STAR LIGHTとコーラスしては、キリの良い所で全てミュート。そこからAメロ、池畑涼治がガットギターを引き倒す。Aメロの終わっても、ガットギターの手弾きの密度が上がり続ける。ミドルテンポだからと言って、上がる要素の転調を緩やかに差し込み濃厚にするのは、まあ、鈴池で散々インプロビゼーション見たから、余裕で着いてはいける。

私もそれならばと、基調メロディーの池畑涼治のトーン:Eメロディックマイナーそのまま滑らかになったの楽曲に、私三笠清美のトーンAフラットメジャーで生声コーラスに応ずる。ぶつかる音はちょっとあるが、これは私三笠清美と池畑涼治と関係そのものだ。今迄面と向かってぶつからず、共通項だけで、歩調を合わせてきた。そうなのだ。私は無理に合わせる必要があるのかと、今の私は引っ込めること無く打鍵を強める。

音楽を嗜む幾人かの観客の顔が、やや不思議顔をしている。この静かな葛藤は何かと。私達は、ポップな楽曲で引くことも無く、互いの生まれ持った調をぶつけ続ける。池畑涼治の、小さなハァがマイクを通じても聞こえた。流石の根負けも実に可愛い。

池畑涼治は。このフレーズの繰り返しの中で、音がぶつかる所を理解し、経過音を交えながら、「Lucky Star - Madonna」で滑らかにフィーリングされて行く。

そう言う事。池畑涼治が私に折れれば良い。いや私を好きになるべきだ。

でも何をだろう。身なり、愛嬌、同じ高さの目線、見た目の長い黒髪の清楚感。いやここを増やせと言えば、そう、条件付きで努力はする。

いや、それは現代の女性ではないだろうで、私も溜め息を着き、運指を止め、生声コーラスのみにする。

池畑涼治はそこから、フリースケールでガットギターを弾き倒す。複雑なアウトロだが、基本は私のAフラットメジャーの韻を踏んでいる。そして最後のSTAR LIGHTの2フレーズはAフラットメジャーの摩訶不思議な展開で終える。


観客は浮くに浮けない浮遊感の渦中も。私は勝った、私の完全勝利を確信する。

池畑涼治は、この弾かされた感を不思議に項垂れる。私は立ち上がり、池畑涼治の側に立っては、手を取りカーテンコールに入る。池畑涼治のその手は長くとても柔らかい、本当に男性の手かと、いざ狼狽えたが、池畑涼治が握り返した事で、最初の一線を超えた事を深く理解した。


観客の収まらぬ拍手の中で、私達の始まりの時って、いつが駆け巡る。東日本大震災の、前、後、いやいっその事今日で良いと思う。

お願いだから、別れ際にキスして、いやチークキスでも良いからと、私はつい胡桃を割る握力で、池畑涼治の手を握ると、のたうち回られ、給らず胸に飛び込まれる。

おおっと。まあ、これでも良いかと、皆が見ている爆笑の中で、親愛のハグに留めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The Ensemble 判家悠久 @hanke-yuukyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ