第9話 理不尽に跪くしか術がなく


 5年前。


 とある報告を受けたコロル軍第二大隊情報部隊所属ウィリデ少佐は、執務室のデスクにうつ伏せていた。


 ワーカホリックで有名な彼にしては珍しい。


 いつもは整髪料でガチガチに固めているはずの緑色の髪も、少し崩れて前髪が垂れている。


「申し訳ありません少佐、完全にオレのミスです」


 うつ伏せている上司を前に、赤い髪をした部下は頭を下げて歯噛みした。


「全くだ。」

「挽回します。」

「当然だ。…それにしても、何であれを捨てやがるんだあの野郎っ」


 怨み節が炸裂しかけたが、強い理性が利いたのか、文句を一つ吐き捨てるとウィリデはうつ伏せていた顔をゆっくりと上げ、いつものように銀縁眼鏡に中指を添えた。

 眼鏡の奥の細い目が、怪訝そうに一層細められている。


「あの種が現れたってことは、…この国はもはや、猶予がないのかもしれねぇな」


 ウィリデは改めて眼鏡を中指で押し上げると、眼前に立つ赤い髪の部下を真っ直ぐに見据えた。


「種の確保が急務だ。必ず、上層部より先に見つけ出すんだ。これ以上、奴らの愚策に乗る必要はねぇ。…いいな、サンディークス」

「御意」


 しかしあれから5年経った今も、「腐った種」が見つかったという報告はウィリデの元には届いていない。


     *  *  *


 今から約50年前。


 首都ペルティナーキア郊外の一角で行われた発掘調査において、人知れず掘り出されたものがある。


 それは後に、一枚の羽根であることが判明した。


 だが、発掘当初、それが羽根だと認知できたものは一人もいなかった。


 発見された場所は、初代アートルム王の王宮跡地。そこはコロル軍管轄の立入禁止区域でもあった。


 文献によれば、旧王宮敷地内最下層には石造りの牢獄があり、その牢獄で、始祖の有翼人、プルウィウス・アルクスは死んでいる。


 この発掘調査は、プルウィウス・アルクスの遺品を発見するための国家事業だったのだ。


      …


 その発掘現場において、瓦礫に紛れて掘り出された羽根らしきモノは、跡地に根付いた巨木の根に絡まる形で見つかっていた。


 巨木自体は発掘調査前に伐採されたのだが、その根は、人間の予想を遥かに越える形で大地に蔓延っていた。巨木の根っこを取り除く作業に丸二年費やしたことが、事業記録にも記されている。


      …


 この発掘チームを直接率いていたのは、有翼人の生態調査などを主に扱う第二大隊情報部隊。

 そして事業の総指揮を任されていたのは、当時少佐に昇進したばかりの今は亡きルボル中将であり、発掘調査を現場で監督していたのは、ルボルの直属の部下である赤い髪の若い将校、サンディークス大尉であった。



 木の根に絡まるように存在したその羽根らしきモノは、まるで石ころのように丸まった形状をしていた。ゆえに掘り起こされたところで誰にも気づかれることもなく、うず高く積まれた瓦礫の中に放置された。


「これを見落としたとなると、お前たちはいよいよ愚鈍な生き物であるなぁ」


 月の光の届かない、ある新月の夜。


 深い闇に覆われた発掘現場に、コツコツと二つの足音がこだまする。


 一人の背には艶やかな紫色の羽根が生えていた。

 彼女は、とても絵になる曲線美を持つ有翼人だった。


 その姿は闇夜の中でも薄く光って神々しく、羽根と同じ色の長い髪は風もないのに優雅にたなびいた。


 そして同じ色の瞳は弧を描くように細められ、蠱惑的な笑みを浮かべている。


「なあ、そう思わぬか? サンディークスよ」


 匂いたつほどの妖艶な色香を隠すことなく彼女は、艶やかな笑みを称えたまま、隣に侍らすサンディークスを見据えた。


「そうですね。」


 そんな、紫色の視線の先で、サンディークスは作り笑いを浮かべて、ただ同意した。


「お前、この見落とし、まさか故意ではあるまいな。」

「滅相もございません。」

「…相変わらずの道化だな、サンディークス。」


 瞬きほどの一瞬だけ、紫色の羽根を持つ有翼人は鼻白んだ。しかしすぐさま柔和に微笑む。


「嗚呼、人間とはかくも狡知と成り果てるか。せっかく私が協力してやると言うておるのに、なあ」

「………」

「プルウィウス・アルクスを復活させられたならば、この地の腐敗も止められるのだ。だからこそ私は、お前たち人間たちのために尽力しておるのだぞ。なあ!」

「…重々、承知しております。」


 かしずき、頭を垂れるサンディークスの姿に満足したのか、紫色の羽根を持つ有翼人は、豊かな唇を歪ませて声高に笑った。


 笑いながら彼女は、ゆったりと身を屈めると、地面に落ちている、小石のような丸い瓦礫の一つを、細く長い指でつまみ上げた。


「見ろ。死してなお、このように哀れなお姿となっておられる。ああ、本当に、お可哀想な御姉様」


 そして彼女はミゼラブルを朗々と口ずさんでは肩を揺らした。

 

「なんと哀れで、なんと滑稽なことか、なあ、サンディークス」

「……そうですね。」

「ほら、顔を上げよ。しかと見てみるがよい。お前たちが崇め奉る女の末路は、このようなただの石ころだ。ああ、お可哀想に、お可哀想に、」

「………」


 それは、まるで三文芝居のようだった。


 笑みをその顔に張り付けて、頭を下げたままサンディークスの、太もも横で力の限り握られた拳は、白く変色していた。



 …発掘されたその羽根は、秘密裏に第二大隊情報部隊本拠地地下施設に持ち込まれた。

 今なお厳重に管理され、日夜研究が続けられている。

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