セメント
エマルジョンの入っていた丸缶に水を適当に入れ、セメントをドサドサと丸缶の四分の一程まで入れた。撹拌機でよく混ぜて、砂を丸缶いっぱいに入れて再び混ぜるとモルタルの出来上がりだ。
出来上がったモルタルをすぐ横にあるドラム缶に流し込んだ。電動のこぎりでバラバラにした遺体がモルタルで少し埋まった。あと三回程モルタルを流し込めば遺体は全て埋まるだろう。
遺体は特殊詐欺グループの一員だった。入った金をピンハネしていた事がリーダーにバレて、凄惨な拷問の末に殺されたのだ。リーダーは遺体の始末を昭に頼んできた。
特殊詐欺グループのリーダー、田中という男からの依頼はこれで何度目か知れない。昭は遺体がどんな人間か、どういった経緯で殺されたのかについて全く興味が無いのだが、田中は依頼する度、聞いてもいないのにまるで言い訳の様に殺した理由なんかを詳しく話したがる。
殺した相手に申し訳ないなどと思っているからではない、自分の事を悪く思われたくないのだ。例え相手が違法の死体処理業者のような者であっても、だ。だから殺した相手に関する田中の話は常に非が100%殺された人間にあり、自分には何の問題も無かったという内容になる。
詐欺に関しても同様である。田中は何やかんやと屁理屈を並べ、「騙される側が悪い」という事にしてしまう。
田中と個人的に会った事は無いが、おそらく彼は普段から決して自分の非を認めず常に被害者になる事で他者を攻撃するモラハラ気質であろうと察せられる。
金目当てでしかない女としか付き合った事が無いだろうし、友人と言えるものもいないだろう。
――まあ、俺も人の事は言えないが
昭は自嘲気味に内心そう呟いた。カタギでも、裏社会ですらも社会性というものを身に着ける事ができず、彼は一人こうして死体処理業務をやっている。
多くの死体処理業者は依頼客に、死体の血抜きをしておく事を求める。昭はそういった面倒な手間を一切求めない事から重宝がられる事が多い。
ケツ持ちは日本最大の暴力団組織系列、山佐田組だ。山佐田組のフロント企業で働いていた昭がモルタルで適当に捕まえた昆虫や爬虫類、犬や猫を固めて遊んでいるのを組長が見かけてこの仕事を持ちかけた。
この仕事は苦ではなかった。むしろ楽しい、天職だとさえ思う。一人黙々とモルタルを練り、遺体を電動のこぎりで切断して固めて沈めるだけの作業だが、終わった後は充実感というか気持ちの良い疲れを感じる。おまけに給料も悪くない。昭は産まれて初めて自分の居場所を見つけた気がした。
モルタルを注いで遺体のすっかり見えなくなったドラム缶を船に運び、エンジンをかけた。
夜の海は真っ黒で、空と同化して見え境目が分からない。今宵は月も星も見えないから尚更だった。
陸が遠目になった辺りで船を止め、ドラム缶を海の方へ押した。ドボンと大きな音をたててドラム缶は海に飛び込み、その後は静かに沈んでいく。
死体は海に捨てるのが一番良い、というのが昭の考えだった。山に捨てれば動物に掘りかえされたり、はたまた土砂崩れ等で発見される恐れがある。しかし海の遥か底なら、そんな所まで潜る者はまずいないし深海魚たちに死体を陸へ上げる事はできない。
昭はしばらく船に座り、海の上を浮かんでいた。スマホが鳴り、見るとケツ持ちの組長だった。もう二体始末してほしいという。了解し、電話を切った。
「さて、もう一仕事するか」
昭がエンジンを入れると、陸に向かって船は水しぶきをあげた。
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