短編集(主にホラー、時々コメディ)

めへ

しのぶ

今から400年程昔の話、しのぶという名の娘がおりました。しのぶの家は琵琶湖で漁師をしており、父は朝から漁に出かけ、母と姉のきくは海女として働いています。


しのぶは産まれつき目が見えなかったので海女の仕事ができず、かと言って他にできる仕事は何も無かったものですから、母と姉に付いて行き、そこに座ってただ潮風を感じておりました。


家族は皆、そんなしのぶを邪険にする事は無く、いつも気にかけ世話をしてあげていました。


さて、この頃まだ羽柴筑前守と呼ばれていた後の豊臣秀吉は手柄を立てた事で北近江を任される事となり、今浜(長浜)の湖畔に城を建てる事にしたのです。


城の建設を任された京極という人物は、まず人柱を探し求めました。

当時は城や橋を建てる際は水害で流されたりしないよう、また丈夫なものができるよう神様に人柱を捧げてお願いしていたのです。


しのぶの父は京極に頼まれ、しのぶを差し出す事を約束したのでした。

それを聞いたきくは猛反対したのですが、しのぶは是非にと引き受ける事を承知しました。

納得のいかないきくに、しのぶはこう言いました。


「この世の中には、私のできる仕事は何も無い。私はどこでも必要とされていない、でも神様の元へ行けば、こんな私でもできる事が何かあるかもしれない。」


それを聞いたきくは、強い衝撃を受けました。

これまでしのぶには何不自由無い生活をさせているつもりで、妹はそれに満足していると思っていたからです。

しかし、それだけではいけなかったのです。何もやらせず、ただ面倒を見てもらうだけの存在にした事で妹の自尊心は消耗していた。

必要とされる場所を、目の見えない妹にもできる仕事を探してやるべきだったと、きくは気付いたのです。


きくは、しのぶの代わりに自分を人柱にと申し出ました。そして、「ただし」と京極に条件を出しました。

目の見えないしのぶにもできる仕事を、妹に居場所を作ってあげてほしい、そして盲目でも不自由無い暮らしができるような政をする事でした。


京極は承知し、きくは人柱になりました。こうして長浜城が建設されたのです。


その後、しのぶは遊郭に売られ、早くに病気にかかり亡くなったそうです。



「あれは何をやってるんや?」


今浜の畔で休憩している海女の一人が、城の麓に大工や神主やらが来て何かを建てようとしているのを見て言いました。


「神社?祠を建てるんやて。人柱になったおきくと亡くなったしのぶを祀るために。最近、水害が多いやろ。あの二人の祟りや言うてな、祀って祟りを鎮めようというわけや。」


「あほらし、二人ともとっくにこの世におらんわ。後ろめたい思てるから、祟りや何や言うて勝手に怯えとるんや。」


長浜城は10年後、地震で全壊したのでした。




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