第5話 恐ろしいモノ
シズルとラナは外に出るために部屋から移動していた。今は木でできた廊下を通っている。廊下では戦闘が起こったのか、壁のあちこちが抉れていた。
この時シズルは片目のラナが転ばないように手をつなぎ、ラナに合わせて歩いていた。
「シズルさん外に行くって……外にあるのですか? その……恐ろしいモノって」
「そこら中にあるわ」
「そんなに!?」
「ええ。ほら、もうすぐ見えるわよ」
玄関を出て、ラナの目に映ったもの。
一言で表すなら釘の島だ。
数え切れないくらいたくさんの釘が地面に突き刺さっている光景だった。ラナ達が出てきた家は島の中でも高いところに建てられており、そこから島全体を見ることができたが、何処もかしこも大きな釘が突き刺さっており、島全体は草木が生い茂っており自然豊かだがそれでも木の数よりも釘の数が多い程だった。
「これは……こんな……!?」
ラナは言葉を失っていた。目の前の景色だけではない。これを隣にいるたった一人の女性が作り出したということに驚愕していたためだ。
「本来ならこの釘に魔物が刺さっていたのだけど、今は跡形もなく消滅しているわね。魔物というものは死体を残さないのかしら。……ラナ?」
「……こんなになるまで許せなかったのですか? シズルさんはいい人なのは分かります。燃えたときも体を張って助けてくれたし外に出るときも片目のワタシを気遣ってくれました。そんな貴方がここまでやるとは……」
「ラナは優しいしよく見てるのね。もっと怖がられると思ったんだけど」
〈君は異常だ! いくら襲われたからってここまで徹底的にする必要があるのか!?〉
「……ええ。許せなかったのよ」
「シズルさん?」
「そこはいいのよ。そこは。重要なのは怖いと思ったかよ」
「怖い……?」
怖いけれども、とラナは思う。
今、彼女の中に渦巻くのは恐怖というより困惑の感情である。
「何よ。そこまで怖くなかった? 死体がみんな消えているのがいけなかったわね。」
「いや、そもそもどうしてワタシを怖がらせる必要があるんですか?」
「そりゃ貴女の中にある邪魔なトラウマを塗りつぶしたいから」
「トラウマを……それはつまりワタシがさっき話した」
「ええ。だって不届きじゃない? 貴女の瞼の裏側を図々しく占拠しているなんて」
「不届きって」
「だから塗りつぶしたいの。せっかく綺麗な赤色の眼なんだし、どうせならロウソク頭のろくでなしなんかより私がその目に残っててほしいじゃない」
「確かにそっちのほうが断然良いですけど……」
(残し方が恐怖路線全開なのはどうなんでしょうか……)
「それに、ただそれだけが理由というわけでもないの。ねぇラナ」
「な、なんですか?」
「想像してみて。この釘にロウソク頭が突き刺さっている様を。何人いるかは知らないけど、この釘一本一本に貴方の怨敵が刺さって宙ぶらりんになっている様子を」
「この釘に……あいつらが……」
それは、とても痛そうで、見てるこっちが苦しくなりそうで、
しかし、それはなんだか胸がすっとするような。
「ってもしかしてシズルさんも来るんですか⁉ その、私の復讐に⁉」
「当り前よ。私の話を聞いてくれた貴方の顔を曇らせる存在なんて恨めしくて仕方がないわ。復讐は経験あるから、任せて」
「さっき私も燃やされたしね」
そういう彼女を見てようやくというかラナは段々怖くなってきた。
ラナとシズルは今日初めて会った。シズルはラナの親というわけでもない。しかも話をしただけで、なぜ彼女はここまでしてくれるのだろうか?
「なんで……そこまでしてくれるんですか? ワタシはホントにあなたの話を聞いただけで……」
「あら? ようやく顔がこわばってきたわね。今後はこっち路線でいこうかしら。フフフ」
(シズルさんがどんどんおかしな方向に……)
「茶化さないでくださいよ。ワタシはあなたに迷惑しか……」
「話を聞いてくれる。この島でね、それは奇跡に等しいものなんだよ」
そう言うとシズルはすっと空を見た。
「想像もしていなかったの。この島をこんな有様にしたのは私で、自分が一人になったのは自業自得っていうか。だから私は一人でいつの間にか私自身も知らないうちに消えるんだって」
そうしてゆっくりとラナを見つめて、
「それが、唐突にラナは現れて、私はラナにやってやったって話を聞かせられて、今度は助けられて、私のやったことを見せることが出来て」
「それがどれほど嬉しかったか!」
「シズルさん……」
「だから力になりたいの。もちろん復讐しないのも良いけど、今の状態で綺麗な景色とか見てもきっとつまらなく感じるわよ?」
「綺麗な」
その言葉にラナは反応する。
〈でも、どうか生きて。そうすれば、きっと美しいものをその残った右目に写せるだろうから〉
ラナは父との旅で初めて見た、あの美しい宝石でできた花畑を思い出した。父がとある出来事で外の世界を怖がったラナのために見せてくれた宝石の花がきっかけで、連れて行ってくれたのだ。
父は他にも七色の飾りをつけた華やかな妖精の森。星の光を吸収し、淡く光る虫が一斉に光ることで、綺麗な星空の中にいるような心地になれる鍾乳洞。音楽が目で見える音符となって、目でも耳でも楽しませる音楽の町。
怖いところだけではなく、美しいものも沢山あると教えてくれた。
(せっかく綺麗なものを見ても、つまらない。そんなのでは台無しだ)
「—―やります」
「今後の憂いを断つためにも……え?」
「あいつらを倒せば、ちゃんと綺麗な景色が見えるんですよね」
「まぁ、やらないよりかは断然ましね」
「だったら復讐です。美しいものを見るためにも、あいつらを倒さないと」
「……すごくいい目ね」
(急に何か変わった。綺麗な景色って言葉が刺さったのかしら?)
「……あの、それで……シズルさん」
「ん?」
「決意表明しておいて本当に自分勝手なのですが……今戦闘とかできないので力をお貸しくださいませんか?」
「あぁ、もちろんよ。全面的に力を貸すわよ? 当然じゃない。」
「良かったです。力になるって聞いてはいましたが、シズルさんの力がないとここで復讐終わってしまうのです」
「危ないところねぇ。任せて、蝋の海作ってやるわよ」
(ラナのあの目はたとえ一人でもやるって感じだったけど)
「なんか熱そうな海ですねそれ……エヘヘ……」
「あっ貴方今初めて笑ったわね。いい調子よ」
「そうですか?」
「さて、その思いが冷めないうちに船があるところまで行きましょう」
「船?……ああ、島から出ないといけないですもんね」
「ええ。ここからでも見えるはず——」
「あっ」
「ここから見えるなんて本当に小さい島ですね。あっちですか?」
シズルの向いている方向へと目を向ける。確かに島の左の方に船着き場らしいところが見える。
「え?」
もっとも、その船着き場(だったであろう場所)にまるでキノコのように複数の釘が生えていたのだが。
船がバラバラになった残骸のような物が船着場の近くで浮いている。
「……シズ、シズルさっ」
急いでラナは船着き場粉砕事件の容疑者であろう人物に目を向ける。
「そういえば、逃げられないように脱出手段は念入りに潰したんだったわ。忘れてた」
シズル容疑者は気まずそうな顔であっさりと自白した。
「えええーーーーーーーー!!??」
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