第2話 その名はシズル
「はじめてみたときは……おどろきました。……このしまに、いきのこりはもういないと」
女性はラナから少し離れて畳の上で正座をして、ラナに話しかけた。
「島……なんですか。ここ」
「ええ。とても、ちいさなしまです。やまのさんちょうでしまのすべてがわかるくらい。まわりはうみでかこまれています」
ラナが元いたところは大陸だったはずである。『小さな島』だと形容することはまず無い。
少なくとも、元いたところから海を越えてここまで来たということが女性の話により判明した。ますます父のゆがみを生み出した力はなんなのかわからなくなってくる。
(こんな力があるなら、あんな……恐ろしい目に遭わなかったんじゃ……)
「かおいろが、わるいですね?またよこになりますか?」
「いえ……平気です。ありがとうございます。心配してくれて」
彼女はとても親切で最初おびえてしまったのが段々申し訳なくなってきた。
(そういえば助けてもらったお礼を言っていないし名前も未だに聞いてない)
「すいません。助けてくれたのにお礼も言わず……こんな見ず知らずのワタシを助けてくれてありがとうございます」
「いえ、とうぜんのことを……しただけ」
「ワタシはラナ。あなたの名前は何ですか?」
「な、まえ……シズル……です。」
「シズルさんですね。改めて助けていただいて本当にありがとうございます。」
「いえ……」
シズルは言いながら少し微笑んだ。それは口角を少し上げるだけの動作だけで、そこ以外はピクリとも動かなかった。
(話し方もぎこちない。まるでゆっくりと動く人形みたい)
「……ほんとうに、ひさしぶり。かいわは」
「会話……ほかの人と話すのがですか?」
いきのこりはもういない。ラナはこの言葉を思い出していた。
「あの……もしかしてこの島にずっと一人で?」
「……ええ。……じかん……わからない、くらいひとりで」
「……!」
彼女はここで何年たったか忘れるくらいずっと一人で生きてきた。話し方や動作が不自然だったのは彼女はそのやり方を忘れているからだ。
「一体何が……この島で起こったのですか?」
「なにが? ……ここでおこったこと。起こったことは、そうだ」
シズルの目がかっと開き瞳孔は小刻みに震えている。
「シズルさん?」
その時だった。
「ここは奴らの狩場だった」
シズルの話し方が、雰囲気が一気に変わった。
そこから彼女は過去を語りだした。
「 夜が明ける瞬間、強烈な光を浴びた。すると、私達は全て魔物へと変わった」
光と言う言葉にラナはある現象に思い当たる。
(光って、 “黄金の夜明け”? お父さんが話してくれた生物が全て魔物へと変わった現象のこと?)
この現象によって、この世界には普通の生命体は存在しない。存在するのは何かを変える魔法という力を扱える魔物だけだ。
だが、今重要なのは“夜明け”の起きた時間だった。
( “黄金の夜明け”は300年以上前に一度だけ起こった現象だ。夜明けにより魔物へと変わったというのなら、目の前にいる彼女は300年以上この世界に存在していることになる……! )
「魔物は……目につくものを壊したくなるような衝動に駆られて本能のままに暴れ始めた。それでも、理性を持って人であろうとした魔物も僅かにいた。暴れていた魔物に襲われないよう、戦わない魔物達で寄り添い私たちは生きていた」
シズルは俯いており、ラナから見て表情は読み取れない。しかし、その言葉から憤りが感じられた。
「だが、夜明けから時間がたち衝動が収まった後に」
「奴らは私たちを率先して狩り始めた」
「え……」
破壊衝動が落ち着いてから? しかも率先して? それだと明確な意思があったことになる。
「暴れていたあいつらは、衝動に負け理性を失ったのではなかった。衝動を受け入れて自分の意思で得た力を楽しんでいた。何ができるのかを試していたの」
(最初から狂ったふりをしていた? いや理性を失ったと思っても仕方のない暴れっぷりだったってことだろう。そうして段々と自分ができることを理解していって)
ラナはそう考えながら、
(自分が満足するために戦わない彼女たちを消費した)
彼女の口から語られる地獄の光景を想像した。
「……私たちは騙されていた。あいつらは好き放題やった。私の友だちを……」
シズルの表情は下を向いていたためわからなかったが体がぶるぶると震えていた。それは恐怖からか、否、それは、今でも冷めることのない怒りによるものだった。
「シズルさん……」
ラナはシズルを心配そうに見つめる。
ラナはシズルとその友人で狩りをした魔物はそのままどこかに行ってしまい、シズルだけが取り残されたのだと、
そう思っていた。
「だからやりかえしたの」
「!?」
そう言ってシズルは顔を上げた。
笑っていた。
「あいつらがしたことを、全部やりかえした。わたしたちがされたことに対して、自分が出来る全てをもって。やってやったの! はは、あッはははは!」
「シズルさん……!? 笑って……るんですか?」
あんなに重苦しい雰囲気だったのに今まで演技をしていたのかと疑うくらいシズルの様子は変化していた。
そうしてひとしきり笑った後、元の落ち着いた様子に戻り、
「はっはは……はぁ。ええ。私も初めて知りました。こんなに笑えてしまうものなのね」
「……笑えるところなんて」
「ないのにね。この話で自分がここまで笑えるなんて想像もしていなかった」
「なにせ、話すのはあなたが初めてだから」
シズルはラナを真っ直ぐ見てそう言った。
「……」
(ここにシズルさんしかいなかったのは、彼女以外みんな殺され、そして殺してしまったからだったんだ)
「これがここで起きたこと。では次はあなたの番ね。あなたはなぜここにいるの?」
「なぜ? ……すいません。ここに来たのは本当に偶然で……」
「それは知ってる。ここに理由があって来るとは思えないし。知りたいのは、見ず知らずの場所に、突如現れたその経緯」
「……!!」
「左側の顔半分が隠すかのように髪の毛が伸びている。あなたを見つけたときはそんなに伸びていなかったわ。それは左眼まわりの傷痕を隠すために寝ている間に自分で無意識に伸ばしたのでは?」
そう言ってシズルはラナの顔に触れようとしたが、
「やめてください!」
ラナはその手を振り払う。
「…ごめんなさい。傷に触れれば痛むのは道理ね。」
「だけど、傷には膿が溜まるもの。あなたはどう?」
「ワタシは……」
「何か重いものが溜まっているようで、苦しくはない?その何かがあふれ出しそうで、辛くはない?」
そう言いながらシズルは振り払ったラナの手をそっと両手で握る。
「私が最初に吐き出した。貴女はそれを受け止めてくれた。だから次はあなたの番。……聞かせてほしい。私の話を聞いてくれた貴方の力になりたいの」
シズルの目は真っ直ぐに、強大な何かに怯える吸血鬼の少女に向けられていた。
ラナはシズルの目を見て体が、目が熱くなるのを感じた。
涙がこぼれそうになる。
そして遂に。
「ワタシはっ…………!?」
失われたはずの左眼から涙があふれ出した。
全て焼き尽くす業火の涙が。
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