吸血鬼ラナは旅をする 第0部 〜太陽の種火とロウソクの騎士団〜

貴田 カツヒロ

第一章 釘の島

第1話 別れと出会い

 “黄金の夜明け”は宙より来たり。その輝きより生は全て死に変わり、死から魔に生まれ変わる。


 最後の生を魔に変えた時、輝きは地に落ちた。

 そしてこの世はただ混沌の闇が支配する。



————

 そこは崩れた神殿跡。男は軽くなった娘を抱えて、壊れた白い柱の陰に隠れていた。


「ラナ」


(奇麗な金色の髪も、美しい赤い瞳も、背中から生えた可愛らしい翼も、すべて真っ黒になってしまった)


 彼は焼け焦げた娘に語りかける。


「〝直りなさい〟」


 男は自身に残った魔力全てを体の修復、そして、娘の内に宿る魔法を抑えるために使う。


 娘の体は修復されていく。

 しかし、同時に彼女の体は燃え上がる。

 結果的に体のほとんどは修復され、彼女のお気に入りだった赤色のリボンをつけた白と黒のワンピースまで復元できた。だが、どうしても左目があった所にあるひどい火傷痕は直せなかった。


「……ダメか」


 しかし、もう時間がない。ロウソク頭の騎士団はラナを手に入れるためにもうすぐそこまでやってきている。


「ラナ……これから私は消えてなくなる。もう君を守れない。君の旅はこれから苦しいものとなるだろう」


「でも、どうか生きてほしい。そうすれば、きっと美しいものをその残った右目に写せるだろうから」


 そう言うと彼は目の前の空間に歪みを作り出した。

 彼はその作り出した空間の歪みの中に娘を送り出す。歪みの先に何があるか彼にも分からない。そして彼女が通り、その先にたどり着けばその歪みも消滅する。

 少なくとも背後に迫るロウソク頭共からは彼女を逃がせられそうだった。

 父は娘に背を向け、柱の陰から出て、ロウソク頭の騎士と対峙する。

 娘は、歪みの中で父の背を見た。その姿はその奥に見える絶望の前にはあまりにも小さかったが、不思議と安心した。


「……お父さん……」


 その声が聞こえたのか彼は振り向き、顔から黒い雫を垂らしながら微笑んで、


「彼は今までずっと愛していたよ。良い旅を、エリオスの娘」


 彼女の意識はそこで途切れた。



 真っ暗闇の中、ラナは巨大な柱に括り付けられていた。どれほど力を込めてもそれは外れない。

 恐ろしい声がどこからか聞こえる。


「どんな魔力も取り込むお前の体なら」


「太陽もその身に宿るだろう」


「どうか燃え尽きてくれるなよ」


 そう言うと暗闇は照らされる。

 目の前にある、すべてを焼き尽くす太陽によって。

 そうして ちっぽけなラナの体は 瞬く間にに真っ黒になっていった。


「うああああああ!!!?」


 錯乱しながら飛び起きる。それが悪夢であると気づくのに時間がかかった。


「体……黒くない? あれ? 視界が……」


 ラナは体のあちこちを触る。自分は確かに黒焦げになっていたはずだが、いま彼女の体は修復されていた。

 もしかしたら本当に悪夢だったのかもしれない。今までのは質の悪い夢で、この後父から「おはよう、ラナ」と言って顔を見せてくれるかもしれない。

 そうラナは思いたかった。

 だが、他ならぬ彼女の顔があの恐ろしい出来事は現実であると証明していた。


「左目が無い……それにこの火傷痕……」


 本来ならあるはずの赤い目が一個なく、代わりに左目の周りに痛々しい火傷痕が刻まれていた。

 つまり、あれは実際に起こったことであり、少女が見たあの絶望的な光景は噓ではなく、彼女の大好きなお父さんも今ここにはいない。


「…うぅ」


 落ち着いてから、ようやく自分は屋根のある家の中の一室にいることに気が着いた。

 床は畳で、部屋の仕切りには破れた襖が付いていた。部屋の中には箪笥タンスや大きな鏡が置かれているがなぜかどれも壊れてしまっており、本来の用途での使用は出来なさそうだった。

 唯一、ラナが今まで寝ていた布団一式が無事である。


(気を失っていた自分が、こんなところで布団を敷いて眠れるわけがない)


 ここに来て初めて誰かが運んでくれたらしいということにラナは気づく。


 いったい誰が? 何のために? そもそもここはどこなのか? お父さんのあの力はいったい?

 頭の中が疑問符でいっぱいになってごちゃごちゃになる。

 しかし、その疑問に答えが出てくるはずもなく、答えてくれる人はここにはいない。

 ラナは長い間考えていたが、答えが得られないことを悟って仕方なく顔をあげる。


 その時に、襖からじっとこちらをのぞいている黒髪の女性と目が合った。


「ひっ!?」


 思わずそんな声が出た。

 恐らくは助けてくれた恩人に対して無礼極まりないが、あまりにも不気味だったのだ。

 その目はまるで底のない穴のような、どこまでも落ちていきそうな漆黒で、髪の毛も目と同様に黒く長い。逆に肌の色はとても生きているとは思えないほど白く、更に白い着物を羽織っている。

 何より驚いたのは、彼女に数本の釘が刺さっていることだ。喉に一本、頭に二本。


 夜中には絶対に会いたくないしもし夜中に追いかけられたなら、ラナは悲鳴を上げて、何もできずにそのまま意識を失っていただろう。


「…………」


 女性はしゃべらない。こちらから話してみる? そう思ってラナは女性に向かって声を出そうとして


「…………」


 直前でやめた。


 (怖い。話しかけたが最期、となりかねない……! でも話さないと何も始まらないし、どうすれば…)

 

 ラナは考えるために一瞬まばたきをした。

 そう。一瞬。


「…………」


「!?」


 その一瞬まばたきをしている間に彼女は近づいてきていた。


 (もしかしてずっと見ていないと近づいてキュってする存在なのだろうか。だとしたらまずい。話すどころか瞬きすらできなくなって――)


「…………」


(いやこれ見てても近づいてきてません!?)


 そうして彼女は今にも鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近づけ、


「あ、あの」


「……おはようございます。だいじょうぶですか? さきほど、ひめいがきこえましたが?」


 そう言って少し微笑んだ。


「は……はい。大丈夫です。多分。」


(……怖いけど、親切……)


 ラナは若干その女性の距離の近さに引きながらそう思った。

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