第35話五年前~ユリウス王子side~


 不届き者の老執事が王宮を去る日がやってきた。

 主として見送ってやろうと館の玄関に行くと、大半の使用人達が集まっていた。なんとも大がかりだと思うが、館の使用人の殆どは後宮からそのまま仕えてくれている者達ばかりだったと思い出した。老執事は何故か使用人たちに慕われていたから、そのせいだろう。


「今までご苦労だった。紹介状は出してやらんが達者でやれ」


「はい、殿下もお元気でお暮らしください。これは最後になりますが、幾ら婚約者同士であろうとアポも取らずに屋敷に押し入るのは失礼を超えて蛮行に値致しますので、おやめください。相手側への迷惑行為に他なりません。更に、公爵令嬢が必ず屋敷に居るという保証も全くございませんので最悪、空振りに終わる可能性が極めて高い確率で予想されます。そうなりましたら、殿下は貴族社会に御自身の失態を格好の話題として提供する事にもなりかねません」


「なっ!?」


「その御様子では全くお気づきにはならなかったようでございますね。恐らく、公爵令嬢はそれが分かっておいでだったので、殿下に恥をかかさないように配慮なさってくださったのでしょう」


「~~~っ」


「殿下も数週間後には貴族の子弟が通う学園に入学されます。寄宿生活に入られるのですから今までのように迂闊な行動はお控えください。殿下は王太子位を授かり、王宮内に部屋を賜った身でございます。以前のような気楽な王子の御身分とは違うのですから、よく考えて行動なさる事をお勧めいたします」


「お前!」


「今のように直ぐに相手を威嚇したりなさるのは謹んでいただきたい。ユリウス殿下は顔だけでなく手が出やすいので特に気を付けなければなりませんよ。そうでなければ、タダでさえ落ちている評判を更に落とすことになりかねません。殿下の評判はそのままシュゼット側妃様の評価に繋がりますので、くれぐれもご自愛ください」


「くっ…………」


 僕の行動が、そのまま母上の評価に繋がると面と向かって言われた。生意気だと、不敬だと言う言葉は出てこない。それを言えば「なってない」と周囲にも思われる事を理解したからだ。あの小娘にフォローされてきたなど。怒りと恥で顔が上昇するのが分かる。



「それでは、殿下、私どもはこれで失礼いたします」


 老執事が流麗な礼をすると玄関の扉を開け、去って行く。そして、老執事の後に続くように出て行く使用人たち。


「ちょ、ちょっと待て!お前たち!!」

 

 慌てて呼び止めると、皆一斉に振り返った。先程までとは打って変わって、笑顔を浮かべた老執事が僕を見据えてきた。

 

「あぁ、そういえば最後に一つだけ申し忘れておりました。私を始めこの者達は全員今日限りでお暇させていただきますが、私同様、皆にも『シュゼット側妃の紹介状』は不要でございます。私どもの真の主は王妃殿下で御座いますので。余計な気遣いは結構でございます」


「な、なんだと!?」


「本来、側妃の後宮の使用人は妃の御実家がご準備するのが習わし。ですが、シュゼット側妃様は不慣れな環境と他の妃に侮られる元にならないようにと王妃殿下が命で私どもは“派遣”されてきただけでございます。私どもが辞めた後、シュゼット側妃様の身の回りのお世話をする者が居なくなると存じますが、それはそれでご自由にお過ごし下さいませ」

 

「何を言っている?」

 

「私どもは王妃殿下に忠義を誓った臣下でございます。例え主が変わったとしても、王妃殿下に対する忠誠に変わりはありません。その事はどうかお忘れなく」

 

「~~~っ、お前達っ!!」

 

「それでは、殿下。お元気で」


 再び頭を下げたかと思うと、今度は二度と振り返ることなく老執事達は出て行った。呆然と立ち尽くす中、僕は悟ってしまった。あいつ等全員が裏切り者だと言う事を!

 何時からだ!?

 王妃の間者スパイが入り込んでいたとは!

 一生の不覚だ!!!


 いや、待てよ。これは考えようによっては良かったのだ。母上が王妃の監視をもう受けずに済むことを意味しているのだからな。早急に使用人の募集をかけよう。







 

 数週間後――



 室内というか館全体が薄汚れている気がする。

 新しく入ったメイドは掃除をしているのか? どうも埃っぽい。それに窓も拭き方が甘いし、カーテンに至っては半分開けられている始末だ。これじゃあ、折角採光用に作ったテラスから陽光が入って来ないではないか。こんなことでよく母上に仕えようと思えたものだ。まったく嘆かわしい限りだ。明らかに使用人の質が落ちているのが分かる。


 以前の連中も気がきかないと思っていたが、今と比べると雲泥の差があった。


 今の使用人たちは三流以下だ。


 館で一人で過ごされるのは可哀そうだと父上に直参した甲斐あって、月一の面会を三日に一度にして貰えたのは僥倖だったが、この使用人たちの愚鈍さは目に余る。解雇したいが、それも出来ぬ事情があった。僕が勝手に老執事たちを辞めさせたことに父上は怒り、貴族連中達に笑われていると言うのだ。なんでも、貸し与えただけの使用人に解雇を要求するなど滑稽だとかなんとか。そのため、今の使用人たちを解雇すれば今度こそ誰も来なくなるとまで言われてしまった。

 せめてもの慰めは、母上が気になさっていないことだろうか?


 


 



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