第13話

 

 女をすっぽかして男と会話する男なんてロクでもない状況だと思う。それは前の世界に限る。


 今、男と二人っきりのフードコートで紅茶を飲んでいる。もちろんアンデルセンの遊園地の敷地内ではある。


 フードコートの遠くからボディーガードの黒服達とアンデルセンと見知らぬ女性が遠巻きに見守っている。アンデルセンはともかく、見知らぬ女性は目の前にいる男の付き添いらしい。


 ちなみにこのような状況になったのは、トイレから偶然出会って、俺の顔色が悪いことを心配されて引っ張られるような形でここに連れてこられた。


 ばったり出会ったときに挨拶はしたが、俺の顔を見てぎょっと驚いていたのは印象に残った。無理もないだろう、この世界の男は傷跡なんて無いし、大事にされることは当たり前なのだ。ただし、人攫いなどの悪い組織は存在する。


「全く、視線がちらちら嫌にならない?」


 軽く話しかけてくる男、実は名乗られていないので名前は知らない。なので俺も名乗ってはいないがなんだこいつとは思われているだろう。まだ顔色が悪いからちびちびと紅茶を飲んで黙っているだけだから話し相手には持ってこい、なのだろうか?


「表面上はこっちを気遣ってるふりして下半身でしかものを考えてない生物だよ。義務でなかったら関わりたくない存在だよ」


 男はそう言ってアンデルセンと女の方を見る。その視線には侮蔑が混じっていたことを見逃さない…………アンデルセンは苦笑いしていたが隣の女はなぜビクンと身体をそらしてるんだ?


 視線を男に戻す。金髪でチャラチャラと多くのアクセサリーを身に着け、指輪も高そうな装飾品が付いたゴテゴテとしたもので殴ったらとても痛そうなものだった。アレで顔面を殴ったら顔にざっくりと傷がつきそうだ。


 服装もチラリとへそがギリギリ見えるラインを攻めており、ズボンも短パンというセクシーなラインを攻めてどうすると言わんばかりの服装だった。お前アニメとかに居そうだな。


 女性を嫌悪していることは目に見えて分かる。表情からもそこまで隙では無さそうな顔をしているし、正直なことを言うと身に着けているアクセサリーは全て似合っているとは言い難い。貴殿を取るために無理をして装着したと言ったところか。


「まあ、紅茶が美味しいことだけが救いかな。君もあの女に連れてこられたんでしょ?」


「いや、普通に遊びたかっただけだ」


「はぁ?いや、分からないでもないけど」


「そういうあんたは何なんだ?義務で外出でもしてるのか?」


「その通りだよ。週4回は女の付き添いだ」


 本当に義務だった。男は不特定多数の女性と付き合うことは確定している。毎日ではないにしろ、上流階級の女性と会ってデートするたびに保険金が入る。『交わる』ともっと金が入るという謎のシステムが導入されている…………らしい。


 俺に金が入っているかは分からないが、法律を調べるとそのようなことが書いてあった。子種が無ければ人類は繁殖できない。だが女性が肉食過ぎて男が怯えてしまい下手したら絶滅の危機に瀕してしまう。


 要は飴と鞭と言ったところだ。安全の権利を保証する代わりに接待しろ。だから贅沢ができるって寸法である。


「あんたはどうなんだ?何人引っかけたんだ?」


「まだお見合いしてるところだ。今日は貰ってたチケット使ってきた」


「はぁ…………随分と恵まれてるんだな」


「何もないもんでね」


 自虐を込めて鼻で笑うと男は反目になりながら俺を見つめ、気まずそうに眼をそらした。


 顔が傷だらけ、服の袖や襟からも見える傷。まともな人生を送ってきた人間とは思えないだろう。


 文字通り何もない。だからこそ価値を探している異例が俺だ。


「ちょっとは愚痴を吐けるかと思ったけど、そういうの嫌いそうだな」


「今のところは良くしてもらってるからな」


「その歳でお見合いしてる時点で色々怪しいって。産まれた時から嬲られてた?」


「16の時からだな」


 おい、自分から振っといて目を逸らすな。揶揄うつもりが具体的な数字が出てマジなヤツだったと後悔するな。


 向こうで見ている女性達も「ヒエッ」やら「ヒュッ」と奇妙な音を出していた。


「…………君って扱い辛いって言われない?」


「正面から言われたのは初めてだな」


「そういうところが扱いづらいんだよ!」


 だんっ!と強くカップをテーブルに叩きつける。中身は既に無かったためこぼれなかったが、男の顔がイラついていることを隠しきれていない。


 俺ってこんなに皮肉屋だったか?いや、自虐家と言えばいいか。実際、ネタ自体は沢山ある。


「少ししか話してないけど、君と話してると不快になってくるよ。それじゃ」


 男は無理矢理に会話を切り上げ立ち上がる。


「まあ、でも、身体には気をつけろよ。無限に相手なんてしてたら身が持たないぞ」


 実体験か?と言おうとしたが俺を気遣っている事を暗に示していたから何も言わなかった。


 そのままスタスタとフードコートの端でこちらを観察していたアンデルセンと一緒にいる女に何か声をかけていた。


 女の方は呼ばれたようで男に腕を絡ませて、今からデートと言わんばかりのウッキウキな顔でどこかへと歩いていった。どこかのアトラクションへ向かったのだろう。


 俺はもうちょっと休むか。まだ紅茶も余ってるしゆっくり休もう。気分が悪いのは治ってきたし、せめて時間いっぱいアンデルセンに付き合おう。


 遊びに来たのに体調不良は勿体無い。この世界の男の義務くらい果たそう。


 そう思いながら紅茶を一口、また飲んだ。

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