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◇
―都内・タワーマンション―
この七年の間に美梨にも環境の変化があり、体調を崩した両親の後を継ぎ現在は桃華学園の理事長になっていた。夫である修が昏睡状態だったため、美梨は二人の子供を育てるために、やっと手に入れた平凡な暮らしを手放すしかなかったようだ。
以前住んでいたマンションは引っ越し、美梨の実家に近いタワーマンションに美梨と子供達は住んでいた。マンションには中西家の秘書兼美梨の教育係だった田中ローザが住み込みで働き、美梨の秘書兼、昂幸や優の教育係を務めていたが、修の昏睡状態が続き、昂幸を三田正史が引き取りたいと申し出て、昂幸の意思で三田家に住むようになった。
そこで美梨は三田正史の再婚相手が、予想だにしない相手だったことを初めて知った。
でもその話は食後にゆっくり修に話すつもりだった。
美梨は修のために苦手な手料理を振る舞い、三田家にいた昂幸を自宅に呼び戻し、家族で退院祝いをした。美梨の料理の腕は以前と変わらず上手ではなかったが、修には焦げたハンバーグも甘すぎる玉子焼きも、どんな高級レストランの料理よりもご馳走だった。
食事がほぼ終わり、田中が珈琲やジュースを出してくれた。美梨はまだ修に昂幸のことは何も話してないのに、修はいきなりこう切り出した。
「昂幸は俺の子供だ。昂幸、もう全部知ってるんだよな。今は三田正史さんのところにいるのか?」
昂幸は修の言葉に驚きを隠せなかった。
昏睡状態だった修に、美梨が話せるはずはなかったからだ。
「どうしてそんなことを知ってるんだよ。ずっと昏睡状態だったくせに。母さんがこの七年間どれだけ苦労したか。中西のお祖父様もお祖母様も体調を崩されて大変だったんだからな」
「そうか……。本当にすまなかった。父さんは大事な時に眠ったままで、本当に役立たずだな」
「父さん、俺は父さんを恨んだ。男として最低だとも思った。許せないと思った。俺はもう決めたんだ。三田のお父様と暮らすと。俺は桃華学園は継がない。それは優がすればいい。俺は三田ホールディングスの後継者になる」
「昂幸、待って……。今日、父さんが帰ってきたばかりなのよ。その話はあとでゆっくり……」
「ゆっくり話してる時間はない。今更帰ってきても、父親らしいことは何ひとつしてないし。俺の父親は三田のお父様だ。お義母様も優しくしてくれる。俺がここを出て行けば父さんも清々するだろう」
「昂幸、俺はお前に嘘をついたまま昏睡状態になってしまった。真実を知ってさぞ軽蔑しただろう。でも父さんは母さんを愛していたし、昂幸も優も愛してるんだ」
「父さんは狡い大人だ。母さんを苦しめた。愛してるなんて、口先だけなら誰でもいえる!」
「昂幸! 父さんに謝りなさい!」
美梨は昂幸を激しく叱りつけた。
「三田家の車が迎えがくる時間だ。俺はもう帰るから」
「待って! 昂幸! あなたは私達の大切な長男なのよ。愛しているの……。母さんはあなたと一緒に暮らしたい」
昂幸は美梨の言葉に振り向きもしなかった。
――その時だった。
こともあろうに、昂幸のお尻をバチンと掌で叩く音がした。
「……っ、何するんだよ!」
昂幸が振り返ると、田中が物凄い形相で立っていた。
「叩いたのは私です。三田ホールディングスの後継者のお尻を叩いたのですからね。ご不満なら三田家に連行なさいませ。いかなる処罰も受けましょう。昂幸様はこの私が幼少期に教育係を務めました。お母様である美梨様への無礼は、元教育係として許しまじき行為。三田家でさぞ甘やかされたのか、あんなに純心で素直だった昂幸様がこんなに捻くれるなんて、三田家の執事に物申したい気分です」
「三田家の執事は関係ない」
「昂幸様、三田家のお義母様から何を吹き込まれたか存じませぬが、義母の言葉と実母の言葉とどちらを信じるのです? 大人の世界には色々あるのですよ。地位と名誉を手に入れるために、たとえどんな手段を使っても元妻を蹴落とすような者はいるのです。私は解雇されても構いませんが、美梨様とご主人様のことを侮辱するのはたとえ昂幸様でもこの私が許しません。さあ、どうなさいますか」
昂幸に詰め寄る田中に、修はこのような光景を異世界でも見た気がして、若干驚いている。
「田中さん、もういいよ。父である私が一番いけないんだ。昂幸を責めないでくれ」
「ご主人様も甘過ぎますよ。不慮の事故に遭われたことは偶発的なこと。我が子に遠慮してどうするのです。昂幸様はご主人様の御子様でしょう」
田中の言葉に昂幸は罰が悪そうに振り向いた。涙を溢している美梨に白いハンカチを差し出す。
「父さんに逢えて……よかったです。母さんに生意気なことを言ってごめん。俺だって、母さんを愛してる。だけど……この家に戻るつもりはありません。この家の跡継ぎは優です。優、母さんと父さんを頼んだからな」
「はい、お兄ちゃん」
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