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「父さん、話していることが支離滅裂で理解できないよ」
「トーマス、そうだよな。支離滅裂だよな。マリリン王妃にそっくりな女性が私達の住む世界にもいるんだ。その女性がこの世界を創った。それだけじゃない、現世にはメイサやトーマス、ユートピアにそっくりな容姿の家族がいる。トルマリンさんにもナターリアさんやルリアンさんそっくりな妻と連れ子がいる。私達はそこに戻らなければならないんだよ」
「嘘だよ! 母さんやユートピアを捨てるのか? 父さんは私をまた捨てるのか!」
トーマス王太子殿下の『また捨てるのか!』という言葉に、レイモンドは胸が痛んだ。
「捨てたりはしない。私達は何処にいても家族だ。レイモンド・ブラックオパールは家族を愛している。必ず本当のレイモンドが戻ってくる。それよりトーマスこそどうするんだ? パープル王国に戻るのか? それとも母さん達とここで暮らすのか?」
「……それは。実子ではない私を慈しみ育ててくれた国王陛下の信頼を裏切ることはできない」
「そうか。トーマスが決めたことなら、メイサも私も反対はしないよ。でも離れて暮らしても、メイサはトーマスの母であることに変わりはないし、ユートピアもトーマスの弟であることに変わりはない。私はトーマスとルリアンさんの気持ちも尊重しているし、メイサもそう思っている」
「父さん……。今まで酷いことばかり言ってごめん」
トーマス王太子殿下の謝罪の言葉に、ルリアンもタルマンに言葉をかけた。
「義父さん。母さんに逢わずに行くの? 私達はどうなるの? 王宮の使用人宿舎を出なければいけないの? またホワイト王国の農村に戻るの? 義父さんがいないと私達暮らしていけないよ」
「大丈夫。私の魂が消えてもローザさんがルリアンの本当の義父さんを捜してくれるよ。今まで支えてくれたナターリアには感謝しかない。そうだ、手紙を渡してくれないか。ナターリアに手紙を……」
メイサ妃はサイドボードから祖母の遺品である赤い薔薇が描かれた美しい万年筆を取り出し、便箋と一緒にトルマリンに渡した。
トルマリンはその万年筆をまじまじと見つめて首を傾げた。そして一言「そんなはずはないよな……」とだけ呟き、便箋に『ナターリアへ 私を夫にしてくれて、ルリアンの義父にしてくれて、今までありがとう。愛してるよ。必ずまた戻ってくる。 タルマン・トルマリン』と、サインをした。
「トーマス王太子殿下、私が消えてもナターリアをクビにしないで下さいと国王陛下に頼んでいただけませんか。必ずタルマン・トルマリンはまた現れますから。お願いします」
「わかりました。私もルリアンと離れたくありませんから。それは国王陛下に伝えます」
「義父さん……。いえ、父さん。私を命がけで守ろうとしてくれたことは、生涯忘れないから」
「ありがとう。ルリアン、愛してるよ」
トルマリンはルリアンを抱きしめた。
レイモンドもメイサ妃やユートピアを抱きしめ、最後にトーマス王太子殿下を抱きしめた。
「ご主人様、トルマリンさん、これは車のキーです。今回はトルマリンさんに運転をお願いします。必ずお二人を探し出しますが、入院するならできれば近郊の病院でお願いしますね」
ローザはブラックジョーク混じりに、笑顔で車のキーを渡した。
「ローザさん、色々お世話になりました。みんな……元気で。さようなら」
「皆さん、ルリアン、さようなら」
レイモンドやトルマリンは何度も何度も家族と抱き合い別れを惜しんだ。
ブラックオパール邸を出た二人は、王宮の車に乗り込む。
「ローザさん、この高級車を廃車にしても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。それで二人が現世に戻れるなら。その代わり必ず生きて戻るのですよ。直にスポロンがこちらに到着するでしょう。トーマス王太子殿下のことは心配無用です。国王陛下もメイサ妃もスポロンも私もついていますから」
「トーマスとルリアンさんのことは宜しくお願いします。さあ、トルマリンさん戻りましょう。失敗しないで下さいよ」
「はい。もう何度も経験してますから。レイモンドさん、いや、秋山さん、現世に戻りますよ。シートベルトは着用して下さい。本当にお陀仏になりたくないですからね。さあ、行きますよ!」
トルマリンはめいっぱいアクセルを踏み込む。猛スピードでブラックオパール邸を飛び出した車は、他の車を事故に巻き込まないことを考慮し、王都から外れた田舎町でアクセル全開で大木に激突した。
その爆音は畑で農作業していた農民の耳にも届いた。ポツポツと農民が事故車に近付く。
モクモクと立ち上がる煙、大破した車。
そこに乗車していたはずの人影はどこにも見当たらなかった。
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