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ルリアンがトーマス王太子殿下の部屋を出ると廊下にスポロンが立っていた。
「ルリアン様、お疲れ様でした。メイドの仕事は本日をもって終了です。そのような制服を着用させて大変申し訳ありませんでした。一階の事務室にてお給金をお支払いします」
スポロンの態度は明らかにおかしい。
『ルリアンさん』ではなくメイドに『ルリアン様』と敬称をつけたからだ。
二人は使用人専用のエレベーターに乗り込み、一階の事務室に向かった。
「ルリアン様、本日のお給金は一日分入っております。それとトーマス王太子殿下とデートされる際のためのお衣装代金も加算してあります。トーマス王太子殿下に相応しいお衣装を仕立てて下さい」
「スポロンさん、今日は半日しか働いていないし、衣装代とかそんなことしたら明らかに不自然ですよね? それにルリアン様とか言われたら気持ち悪いんですけど」
「先ほど国王陛下に呼ばれ、トーマス王太子殿下との秘め事の一部始終の説明を受けました。その制服のこともキツくお叱りを受けました。お衣装代金はそのお詫びです。大変申し訳ありませんでした。ただしトーマス王太子殿下とルリアン様の真剣交際は、ルリアン様の身の安全を御守りするために非公表にするとのことなので、使用人専用のエレベーターにお乗せして申し訳ございません。トーマス王太子殿下との密会は外ではなかなかできないと思います。王宮での密会はこの私を通して下されば、宿舎までお迎えに上がりますので、是非その際はお申し付けください」
「トーマス王太子殿下と密会? 宿舎までお迎え?」
(これは大変なことになってきた。スポロンさんは私とトーマス王太子殿下が真剣交際をしていると本気で信じている。でもいくらスポロンさんでも『あれは嘘なんです』とは言えない。トーマス王太子殿下と二人で国王陛下を騙したのだ。もうあとには引けないよ。)
「宿舎には使用人専用の電話が一階に設置してありますが、特別に三階のトルマリンさんの部屋にもお電話を設置させていただきました。もう配線工事も終わっているはずです。私の電話番号とトーマス王太子殿下のお部屋に直に通じる電話番号をお渡ししますので、何なりとお申し付け下さい」
(私の部屋に電話まで。これでは本当にトーマス王太子殿下の思うつぼだ。困った、困った、どうしよう……。)
「両親にどう説明すればいいのですか。宿舎で私の家だけ電話があるなんて、他の使用人が怪しみます」
「お父様のトルマリンさんはマリリン王妃の専属運転手です。宿舎を利用する使用人の中でもお父様は格上です。電話の設置はご両親には『マリリン王妃からの呼び出しに直ぐに応じるため』と説明してあります。トーマス王太子殿下との交際は非公表のため、まだご両親には話さないで下さい。宜しいですね」
(私の義父があの宿舎で他の使用人より格上? 誰もそんな風には思っていないはず。まだ引越してきて一ヶ月も経っていないんだから。格下もいいところだ。)
「それ苦しい言い訳ですよね。私の義父が格上だなんて。でもスポロンさんがそう仰るなら、そのように義父にも話します。では失礼します」
「失礼します。またのお越しをお待ちしています」
私は事務室を出て直ぐさまメイドのロッカールームで窮屈なメイド服を脱ぎ捨て私服に着替えた。母手作りのブルーの綿百パーセントの生地で、ノースリーブのワンピースに着替え体も心も解放された気持ちになった。
さっき貰ったお給金の袋はずっしりと重い。それをバックに押し込み、トーマス王太子殿下からもらった林檎をひとつだけ持って使用人宿舎に戻る。
使用人宿舎の道路の前には、見慣れない車が一台停まっていた。王宮の公用車ではないが、見るからに高級車だ。
「誰か使用人宿舎に来てるのかな? まさか、ピンクダイヤモンド公爵家の回し者? いきなり大ピンチはやめて欲しい」
ルリアンは一人でブツブツ言いながら、宿舎の中に入り三階に上がる。部屋のドアを開けると、女性物のグレーのローヒールがあった。
室内からは何故か「コッコッコッ」と鶏の鳴き声がする。
(今夜は鶏の丸焼き? まさかね?)
「……ただいま」
恐る恐る室内に目を向けると鳥籠に鶏が三羽入っていて、バタバタと暴れている。義父はその前で頭を抱えて踞っていた。義父と向かい合って座っていたのは、トーマス王太子殿下の御生母様の邸宅で働いていた侍女だった。
「……こんにちは。いらっしゃいませ。義父さん? どうかしたの? 大丈夫?」
「これはお早いご帰宅で。トルマリンさんから夕方まで戻らないと聞いておりましたが、お早いのですね。申し遅れました、先週お逢いしたメイサ妃の侍女、ローザ・キャッツアイです」
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