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「トルマリンさん大丈夫ですよ。『トーマス王太子殿下はメイドのルリアンさんとお部屋で一日中過ごされるため、誰も出入りしてはならぬ』と他のメイドに指示をしてきましたから。お部屋に入る者はいません」


「私とトーマス王太子殿下が一日中部屋で!? そ、それって絶対誤解されますよね? イケナイことしてるとか。私、年頃の乙女なんですよ。トーマス王太子殿下のお手付きだなんて使用人に噂されたらどう責任とってくれるんですか!」


 トーマスがドリンクを飲みながら憤慨する。


「お手付き? 誰が誰を? ルリアンみたいなじゃじゃ馬は御免被る。仔豚に欲情はしない」


「仔豚ですって! 今日は白鳩です! ド変態!」


 ルリアンは助手席から身を乗り出して後部座席に手を伸ばして、トーマス王太子殿下の頭に拳を振り上げる


「ルリアン、一体なんの話だ? 運転中に危ないからよしなさい。使用人がトーマス王太子殿下に手を上げるなんて無礼千万、トーマス王太子殿下に敬語を使いなさい。今日私達がレッドローズ王国に出向いたことは国王陛下にもマリリン王妃にも極秘任務なんだよ。もしもバレたらどうなることか。スポロンさんは私達を守るために、そのような嘘をついて下さったんだ。帰宅したら地下通路を通って王宮に戻り、トーマス王太子殿下の部屋に一日中いたことを証明しなさい」


「はいはい。わかりました。これは極秘任務なのね。誰にも口外致しません。私の口は貝より硬いんだからね」


「どうなんだか。茹でれば貝はパカッと口を開く。マリリン王妃に問い詰められたら、ルリアンもパカッと口を開いてバラすんだろう」


 さっきまで泣きながら玉子サンドを食べていたトーマス王太子殿下がルリアンに憎まれ口を叩く。ルリアンは向きになってツンと鼻先を上に向けて前を向いた。


「ふん。バカにしないで。絶対にバラしませんから」


 それからは険悪なムードのまま四人は王宮を抜け出した時と同じように、使用人宿舎の地下室に無事に戻った。時刻は午後八時を回っていた。


「トルマリンさん、本日はご苦労であった。これは今日の給金です。トーマス王太子殿下はルリアンさんと地下通路から隠し部屋に戻っていただけますか? 私は王宮に戻りディナーのご用意をして、トーマス王太子殿下のお部屋を他のメイドと共に訪れノックを三回します。それが合図です。そうしたら返事をして下さい」


「わかりました。セブン行くぞ」


「はい」


 トーマス王太子殿下とルリアンは王宮を抜け出した時と同じ地下通路を通り、トーマス王太子殿下の応接室にある隠し部屋に戻った。トーマス王太子殿下は隠し部屋の暗証番号を押してドアを開けた。


 隠し部屋のドアはゆっくりと開いた。

 これで全て上手くいった。王宮を抜け出したことを知る者はスポロンしかいないと、トーマス王太子殿下はそう思っていたが、隠し部屋のドアが開き、応接室のソファーに視線を向けるとある人物が座っていた。


「……マリリン王妃、どうして私の部屋に? どうやって入ったのですか。内鍵は掛けていたはず」


「これはトーマス王太子、メイドとどちらへ? それとも隠し部屋で逢瀬ですか? まだまだ子供だと思っておりましたが、トーマス王太子も隅にはおけませんね。私も平民でメイドでしたから、そちらのメイドに強く物申すことはできませんが、トーマス王太子にはピンクダイヤモンド公爵令嬢という立派な婚約者がおられます。婚約前に使用人と密会とは、御生母様と同じですね」


 マリリン王妃にメイサ妃のことを悪く言われたトーマス王太子殿下は、キッとマリリン王妃を睨みつけた。


「たとえマリリン王妃でも、私の部屋の鍵を無断で開けて入室することは許しません」


「今日、ダリアさんが王宮を訪れ、トーマス王太子殿下に逢いにこられました。お部屋をノックしても返答がないため、自室で倒れられていてはと心配になり開錠したまで。部屋はもぬけの殻で執事のスポロンも外出中で、たいそう心配しましたが、隠し部屋に隠れて逢瀬を楽しむとは、学生の身で御懐妊でもされたら国の一大事ですからね。血は争えません。国王陛下を傷付けたくはないので、義母として、トーマス王太子に御忠告致します。そのメイドとは別れなさい」


 マリリン王妃は完全に誤解しているが、その気迫にルリアンは否定もできず思わず息をのんだ。


 ――その時、ドアを三回ノックする音がした。


「入りなさい」


 応接室のドアが開き、メイドがディナーを運んできた。ディナーは二人用だ。スポロンは室内にマリリン王妃の姿があることに驚きを隠せない。


「マリリン王妃……!? どうしてこちらに?」

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