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「スポロン、帰るぞ。ローザ、騒がせてすまなかった。やはりローザは最強だな」
「それはお褒めのお言葉と承ります。トーマス王太子殿下、また当家にお越し下さいませ。ローザは何度でも天狗の鼻をへし折り説教して差し上げます」
トーマス王太子殿下は苦笑いしながら、スポロンと邸宅をあとにした。
トーマス王太子殿下とスポロンはコーディに見送られ、車に乗り込みそのまま車は発進した。
玄関先で泣き崩れたメイサ妃にユートピアが抱き着いた。
「お母様、ユートピアがいます。お兄様と約束しました。お母様とお父様はこのユートピアが御守りします」
ローザがにこにこ笑ってユートピアの頭を撫でた。
「まあ頼もしいこと。ユートピア様、メイサ妃とコーネリアと応接室でおやつでもいかがですか? エルザ、あとは頼みます。ご主人様、ちょっと宜しいですか?」
「はい。ローザ、何か?」
ローザは庭に面したテラスに出ると、レイモンドにこう切り出した。
「ご主人様はホワイト王国の農村で確か元ドリームタクシーの運転手とご一緒でしたよね。その人はあの誘拐事件の相棒ですよね?」
「はい。ですが彼は行方知れずとなり……。今は生きているのかすらわかりません」
「先ほど、王室の専属運転手にお茶と軽食を差し入れました。助手席には若くて美しいメイドが乗っていましたが、運転手の娘らしく、その運転手はタルマン・トルマリンと名乗り、ホワイト王国出身だそうですが、黒髪とゲジゲジ眉毛でした。私は一度見た顔は忘れません。あの顔には見覚えがございます。ご主人様が捜されているタダシ・キダニではないかと」
「まさか!? でもキダニさんには娘はいないよ。俺達は二人でこの国に……」
「そうですよね……。それとなく職質しましたが……。私を見ても無反応でした」
「職質?」
「いえ、いえ、世間話です。トルマリンさんは以前レッドローズ王国でタクシー運転手の出稼ぎをしていたとか。そのご縁でマリリン王妃に呼ばれ、王宮の専属運転手になったそうですが、トルマリンさんは七年前に記憶喪失になり過去の記憶がないそうです。おかしな話だと思いませんか? 王室がそんな怪しい人物を雇うと思います?」
「七年前に記憶喪失……。キダニさんがホワイト王国の林檎農家に向かった時期と同じだ」
「私が少し調べてもよろしいですか? トルマリンさんが本当はキダニさんで、マリリン王妃にわざわざ王宮に呼ばれたとしたら、これは単なる偶然とは思えません。マリリン王妃には何やら思惑があるのやも」
「思惑とは……?」
「ご主人様はサファイア公爵家の元執事レイモンド・ブラックオパールですが、それはレイモンドの体を借りているだけ。その魂は別世界から来たのでしょう? トーマス王子の誘拐事件で忽然と消えたあと、メイサ妃がおかしなことを申しておりましたから。『レイモンドは元の世界に戻った』と。ですが、三年後、身元不明の入院患者だったご主人様と運転手を発見したのはこの私でございます。その時から、微かな違和感を抱いていました。何かが以前と違うと……」
「ローザは名探偵になれるな」
老婆は仮の姿で、ローザは要人警護の私服警官だと知らないレイモンドは、ローザの言葉に感心している。ローザの秘密を知っているのはサファイア公爵夫妻とメイサ妃だけだ。
「ホワイト王国の農村よりメイサ妃をこの御邸宅にお迎えした時に、メイサ妃がとても嬉しそうにご主人様を見つめていらしたのでピンときたのです。レイモンド・ブラックオパールの人格は二人いると」
「私は二重人格ではないけど。その推理を否定できないな」
「トルマリンさんのことを調べてもよろしいですね。もしもトルマリンさんも同じ状況で、本当はキダニさんだったらどうなさいますか?」
「もしもキダニさんだったら……。私はメイサ妃やユートピアの傍にはもういられない。私には戻るべき場所があるんだ。でもキダニさんがいないと戻れない。私はレイモンドの体から消えてしまうが、本当のレイモンドは消えないから心配無用だよ。この世界はある人物が創った世界だから」
「人が創った世界とは、まるでホラーですね。頭がおかしくなりそうなので、そこは聞き流しておきます。先ずはあの運転手が何者なのか、極秘裏にお調べしてまたご報告致します。メイサ妃がショックを受けられてはいけないので、当面は黙っていましょう。トーマス王太子殿下を失われた今、メイサ妃の寂しい心をお救いできるのはご主人様とユートピア様だけなのですから」
レイモンドはとても複雑だった。
もしもそのトルマリンがキダニだとしたら、レイモンド《修》とキダニは現世に戻ることを選択するからだ。
(この異世界で起きていることは、現世でも起きている。長い間、美梨は一人で優を育て、昂幸が三田ホールディングスに奪われていたとしたら……。そのストーリーを創ったのはきっと
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