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 ―使用人宿舎―


「「ただいま」」


 ナターリアはタルマンとルリアンの元気な声に、慌てて玄関に飛び出した。


「タルマン、お帰りなさい」


 ナターリアはタルマンに抱き着き熱い抱擁を交わした。夫婦仲がいいことはよいことたが、思春期のルリアンには親のキスシーンは目にしたくないものだった。


「ルリアンもお帰りなさい。母さんは心配で心配で。慣れない車で父さんが事故でもしたのではないかとか、ルリアンが誘拐されてしまったのではないかとか、食事も喉を通らなかったったわ」


 リビングのテーブルの上には空になったスープ皿とチキンの骨とパンくず。ナターリアはしっかり夕食を食べている。


「二人ともお腹は空いてないの? スープとチキンならあるわよ」


「私は食べたからお腹いっぱい。義父さんは何も食べてないでしょう。食べれば? 私はもう疲れたからシャワー浴びて寝るから」


「そう。父さん、すぐにスープを温め直すわね。あら? ルリアン……そのキラキラした時計、父さんがくれた誕生日プレゼントではないわね? やだ、これってダイヤモンド? まさか、トーマス王太子殿下のお部屋から盗んだの!? 誘拐未遂に窃盗だなんて、私達はもうおしまいだわ」


 ナターリアは頭を抱えてしゃがみ込む。


 (何を勘違いしてるんだか。誰が誘拐未遂に窃盗なのよ。)


「ナターリア、誤解してるようだが、私達はトーマス王太子殿下の言いつけで外出したんだよ。誰が誘拐未遂だと言ったんだ?」


「国王陛下の専属運転手のヘイトスさんが、『トルマリンは重罪を犯した。王室警察に捕らわれるに違いないから、覚悟するように』と」


「なんてことだ。私もルリアンも何もしてない。だが、その時計はどうしたんだ?」


「義父さんがくれた時計は時間が遅れるの。故障したみたい。それでトーマス王太子殿下が来週遅刻されては困るからと、時計を貸して下さったのよ。トーマス王太子殿下のお母様の時計らしいわ」


 何も知らないナターリアが驚きの表情を見せた。ホワイト王国の農村に住み、新聞も見ない生活をしてきたナターリアには、他国の王室のことはわからないことだらけだ。


「お母様の時計とはマリリン王妃の!? そんな高価な品をお貸し下さるなんて……」


「違うわ。トーマス王太子殿下の御生母は……」


「ルリアン、王宮に仕える者は家族でも王室の秘密を軽々しく口外してはならない決まりなんだよ。ナターリア、そう説明されただろう。王室のことを口外すればクビだ。この時計のことを詮索するのはやめなさい」


「……そうだったわね。ルリアン、お借りした物なら大切に扱いなさい。壊したりしたら弁償できないくらい高価な品よ。わかったわね」


「はい。日曜日以外はつけないわ。義父さんのくれた時計を修理してね」


 ルリアンはポケットからタルマンからプレゼントされた時計を取り出し、テーブルの上に置いた。ガラスの靴のキャラクター腕時計はすでに止まっていた。


「おかしいなあ。電池は替えたばかりなのに。やはり朝市の掘り出し物は不良品だったのかなあ。安物買いの銭失いだ」


 (『安物買いの銭失い』? またわけのわかるない言葉を。義父はどこの国から来た移民なんだろう。やっぱり実父のそっくりさんに過ぎないね。)


 ルリアンはタルマンの言葉を聞き流し、シャワールームに向かった。


 (キラキラ光るダイヤモンド。まるで魔法の時計みたい。午前零時を過ぎたら、今日一日の出来事も魔法みたいに消えてしまうのかな……。週に一度のメイドの仕事も今日のことでもうクビかもね。)


 クビにされた方が嬉しいはずなのに、ルリアンは何故か寂しい気持ちだった。


 シャワールームに入り、鏡で顔を映す。トーマス王太子殿下が触れた唇。ファーストキスがトーマス王太子殿下だとは、口が裂けてもナターリアやタルマン、ハイスクールの学友にも話せない。


 ◇


 ―翌日・月曜日―


 ルリアンは一人で王立図書館に向かった。

 過去にパープル王国で起きたトーマス王太子殿下の誘拐事件について知りたかったからだ。

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