「私はサファイア公爵家の執事であるコーディに逢って話を聞ききたいと思います」


「レッドローズ王国に戻られるのですか? それはあまりにも危険ではありませんか?」


「コーディは私の親友です。町民の服装ならば、誰にも怪しまれることはないでしょう。帽子も目深に被りますから、大丈夫ですよ。それに現世でもコーディによく似た親友が色々相談に乗ってくれましたから。もしかしたら王都を出た後、陰で相談に乗ってくれていた可能性もあります」


「本当に大丈夫ですか? 軽トラックも直りましたから、私が同行しますよ。市場に行ったあと、一緒に参りましょう」


「キダニさん、何から何まで申し訳ありません」


「レイモンドさん、私はあなたの伯父さんの設定ですよ。キダニさんではなく、おじさんでいいです。習慣づけてないとポロッとボロがでますからね。遠慮なく何でも言って下さい。妻に逢えず天涯孤独な身でまた異世界なんて耐えられませんから。皆さんと一緒で心強いです」


「わかりました。おじさん、ありがとうございます。メイサ妃、明日は一人で留守番できますか?」


「一人ではありませんよ。トーマスやユートピアもいますから大丈夫です。明日の市場が楽しみですね。私も幾らか金銭は持っていますから、それで鶏を数羽飼ってきて下さい。それにメイサ妃はやめて下さい。私はレイモンドの妻、メイサでいいわ」


 この世界のメイサはもう我が儘な公爵令嬢でも、妃殿下でもなく、一人の女性であり、子供達の母であり、町民となったレイモンドの立派な妻になっていた。


 ◇


 翌日、一緒に市場に行きたがるトーマスをなだめ、レイモンドはキダニと二人で車に乗り込み市場に向かった。万が一、町民にトーマスが王子であることを知られてはマズいと思ったからだ。


「鶏を買ってくるから、だから留守番していてくれ。ママとユートピアを守れるのはトーマスしかいないんだよ。重要なお役目だからな。頼んだよ」


「おじちゃんと一緒に行きたいけど、パパがそう言うなら我慢します。卵をいっぱい産みそうな鶏にしてね。ちゃんとお世話をするから鶏は食べないでくれますか?」


「わかったよ。殺したりしない。昼には一度帰ってくる。メイサ、美味しいサンドイッチでも作って待っていてくれ」


「はい」


「ママのサンドイッチは三十点だけどね~」


「こら、トーマス。三十点ってことはないでしょう。レイモンド、おじさん、行ってらっしゃい」


 爆笑しているキダニ。『三十点』というワードがどうやらツボに嵌まったようだ。


 (まったく、現世でも乙女ゲームの世界でも三十点とは。キダニさん、笑いすぎだよ。)


 レイモンドはトーマスとユートピアの頭を優しく撫でメイサの頬にキスをする。キダニは運転席に、レイモンドは助手席に乗り込んだ。


 ―市場―


 三人に見送られ市場に到着した二人は、豊富な野菜や果物、新鮮な肉に目移りをするが、贅沢は禁物だ。なにせレイモンドは無一文でメイサから預かった金銭しかない。


 キダニは真っ先に鶏を売ってる露店に向かった。数十羽の鶏が狭い籠の中に入れられていた。キダニはその中から生きのいい三羽を選び持ってきた籠に入れ、メイサの金銭を使わず自分で代金を支払った。


「おじさん、すみません。私がメイサとどこに住んでいたのかがわかれば、その家にきっと金銭や売れそうな品々があるはずです。あとでメイサに地図を書かせます。同行していただけますか? そしたら代金は返金しますね」


「水くさいことをいわんで下さい。私らは親族も同然ですよ。助け合って当然です。次は野菜や肉を買いましょう。トーマスにもお土産を買わないとね。ほら、あの店で手作りのドーナツもお菓子も売ってますよ」


 レイモンドとキダニは買い物を楽しんだが、市場にあった掲示板の貼り紙に思わず視線が止まった。


 その貼り紙には【捜し人/パープル王国のトーマス王子殿下の情報を求む。報奨金として、パープル王国より金の延べ棒を授与する。目撃情報はパープル王国の王室警察に連絡下さい。】とあり、その貼り紙には黒髪の愛らしいトーマス王子の写真まで印刷されていた。


「レ、レイモンドさん、ヤバいですよ。この国にも貼り紙が!? 三人が外に出ていたら大変です。買い物はこれくらいにして、先ずは家に帰りましょう」


 レイモンドもその貼り紙を見て凍り付く。

 他国にまで貼り紙をするとは、王室の威厳を欠いてでもトーマスを取り戻したいということだ。


「そうですね。急ぎましょう」


 トム王太子殿下がこれほどまでに、必死でトーマス王子の行方を捜しているとは、レイモンドは思ってもいなかった。トム王太子殿下とメイサ妃は円満離婚だと思っていたからだ。


 これではまるで、レイモンドがメイサ妃とトーマス王子を浚って逃げた極悪人のように、世間から思われているに違いない。

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