第4話 翔べ! 蒼空の覇者!①

 東領家中学校バスケ部が県大会で敗退した、翌日の日曜日。

 勇斗はベッドに仰向けになり、窓から映る空をぼんやりと眺めていた。

 そこに、階段を上がってくる音が部屋の外から響く。


「勇斗」


「なんだよ」


 ドアの開く音で、勇斗はベッドから体を起こす。

 勇斗の父親、ばん一輝かずきが、眼鏡の奥に笑顔を浮かべている。


「たしか、今日も県大会じゃなかったか?」


「あぁ。

 昨日で決勝まで全部終わったんだよ。

 また優勝した。優勝して当然のチームだから」


「そうか……。

 じゃあ、父さんは、今日も仕事行ってくる。

 昼は自分で作っても、コンビニで買ってきてもいい」


「分かった」


 一輝が勇斗を一目見て、部屋を出る。

 玄関のドアが開き、閉まる。

 やがて、いつものスーツ姿が窓から見えなくなった。


「時間稼ぎが、いつまで通じるか……」


 一樹は住宅リフォームの営業をしているので、土日こそ勝負の仕事だ。

 営業成績トップであり続ける一輝は、土日に休んだことなどほとんどない。

 だからこそ、バスケ部の練習に行かなかったところで、簡単にはバレない。


 ただ、その話が伝わるのも時間の問題だった。


「俺はこれから、どうすればいいんだ……」


 部屋を見渡した勇斗。

 木の床には、ピアノの脚が食い込んでいた跡。

 その横には、汚れの落ちない墨汁の跡。


 そして、窓の手前には、昨日帰ってきてから全く触っていないバスケットボール。



――君は、バスケ部のレギュラーから外れてもらいます。


――じゃあ、どうしろって言うんだ!



「くっそ……!

 これが親父にバレたら……!」



 棚に教科書や問題集が敷き詰められた勉強机に、勇斗は向かう。

 一番上の引き出しを勢いよく開けた。

 そこには、勇斗がまだ2歳のとき、ベイエリアに行った初めての旅行の写真が、フォトフレームの中で残っている。

 勇斗の手を繋いでいるのは、今はどこにいるかも分からない、離婚した母親。



「母さん……。

 俺は、もうおしまいだ……。

 あの親父のいいなりに生きてかなきゃいけない……」


 勇斗はそう言い残し、写真をそっとしまおうとした。

 だが、その写真の中で一輝が掲げるレプリカの竜を見て、思わず手を止めた。



――なんか幻覚が見えるんだ。

  本物のワイバーンの。



 昨日の試合、第4クォーターの最中、客席から聞こえたきらの声が、勝手に再生される。


「本物の、ワイバーン……?

 俺、あいつに何を見られたんだ……」



 勇斗は、苛立ったように引き出しをバンと閉めた。



~~~~~~~~



「えっ?

 支援機……?」


 月曜日の朝。

 普段と変わらない教室で、煌は思わず声が裏返った。


「カイザーだけが、ワイバーンの幻覚を見た。

 ってことは、勇斗先輩も『バーニングカイザー』のアニメに出てくる支援機、ウイングワイバーンの魂を持ってるんじゃん?」


 バスケの県大会で見た幻覚のことを、秋葉主人あるとに告げただけで返ってきた答えに、煌は震え上がる。


「名前まであるんだ……。

 ワイバーンって名前がついてるから、信憑性しんぴょうせいありすぎるよ」


「そう。

 アニメが打ち切られたから、アニメ雑誌でしか画像がないんだけど、こんなやつ」


 秋葉のスマホには、ウイングワイバーンの画像が載っていた。

 鋼鉄でできた大きな青い翼を輝かせながら2本足で立つ、バーニングカイザーより一回り小さいメカだ。

 翼の色が、勇斗の髪の色に重なる。


「アルト……。

 これ、マジでこれ。

 こんなシルエットしてたよ!」


「じゃあ、確定!

 2機予定されていた支援機の1機も、この世界で蘇った。

 バーニングカイザーが、支援機の力でさらにパワーアップ!

 あー、幸せ」


 秋葉はスマホを机において、両手を頭の後ろで組んだ。

 バーニングカイザーとウイングワイバーンが共に戦うシーンが、秋葉の脳内で再生されているような表情だ。


 煌は首を横に振った。


「あのさ……。

 バーニングカイザーと、その、ウイングワイバーン? が仲間だという設定は分かった。

 でも、俺、勇斗先輩とほとんど話したことないよ……?」


「ライバル意識が強ければ強いほど、仲間になったらすごい戦力になる。

 そういうアニメ、ウチいくつも見てきたから教えてやるよ、カイザー」


 手を引こうとする秋葉を、煌は振り切った。


「アニメと現実は違うんだって。

 それに俺、たぶんバスケ部に入れないと思うし、勇斗先輩のライバルにもならないよ」


「カイザー、落ちたんだ。バスケ部に」


 煌は、秋葉に目を細めた。

 だが、その先に背の高い男子の姿を見て、息を飲み込む。

 教室の廊下側から声が上がった。



「キャー! 勇斗先輩っ!」


 飯川いいかわ萌衣めいが席を立ち、1年3組の教室に入ってきた男子生徒に駆け寄る。

 前をオールバックにした青い髪を教室のライトに輝かせ、独特のオーラを放っていた。



「勇斗先輩だ……」


「噂をすれば、来たじゃん。

 呼んだの?」


「俺、呼んでなんかないって」



 勇斗が、萌衣をはじめとした女子生徒たち一人一人に目を向けながらも、誰かを探している様子だ。

 煌がかすかに息を飲み込んだとき、勇斗が狙いを定めたように煌に近づき、その横で足を止めた。



「お前、ちょっと来い」


「お……、俺に何か話があるんですか?」


「いいから来い。

 お前にしか分からないような話だ」


「なんだろう……」



 煌は、勇斗に腕を掴まれながら教室の外に出され、白く輝くサークルの横を通り過ぎて、階段を上がった。


「勇斗先輩。

 その上は屋上ですよ」


「誰にも聞かれて欲しくない話だからな」



 勇斗の足が、屋上への扉の前で止まった。

 足が止まると、ボールを持つような強い握力が、煌の筋肉により激しく食い込んでいく。


 そして、突き刺さるような鋭い目が、煌に襲い掛かる。


「お前、あのことは絶対に言うな。

 口が軽そうだからな」


「レギュラーの話ですか……。

 言わないですよ。

 あの時、勇斗先輩がすごくかわいそうに見えましたし」


「そうか」


 勇斗は煌の腕から手を離し、じっと煌を見つめる。


「あと、お前に聞きたい。

 あの試合、第4クォーターで、俺の何を見た?

 本物のワイバーン、とか言ってたよな」


 やっべ……。

 やっぱり気にしてる……。


「言いました……。

 勇斗先輩の後ろに、大きな翼のワイバーンが、シルエットで映ってたんです」


「そうか。

 今まで何度呼ばれてきたか分かんねぇけど、本当に取り付いてるとは……」


 勇斗は、煌の肩に手を伸ばし、先程の腕に比べればはるかに優しく掴んだ。


「そのワイバーン、どうやったら取れるんだ。教えてくれ。

 あれは、負けを呼んだ、不幸のワイバーンだ!」


 真顔の勇斗を、煌は見つめる。

 シルエットの正体を知った以上、煌は勇斗から逃げられなかった。


「えっと……」



 言っていいか迷うなぁ。

 てか、どちらに進んでもゲームオーバーになりそう……。



「勇斗先輩、たぶんそれは簡単に取れるものじゃありません」


「はぁ?」


「いや、悪霊とか、そういうやつじゃないんです。

 そのワイバーン、勇斗先輩のアルターソウルだと思うんです」


 勇斗の腕の力が、やや弱くなる。


「アルターソウル。

 耳にしたことはある。

 たしか、お前が持ってるやつじゃないのか?」


「そうです。

 それを、勇斗先輩も持ってるんです。

 ウイングワイバーンという、世界の平和を守るロボットの魂を」


「俺が……、平和を守るヒーローになるのか」


「そういうことです。

 戦うかどうかは、勇斗先輩にお任せしますけど」


 煌が、勇斗の目を伺う。

 険しかった勇斗の表情が、一気に引いていくのがはっきり見えた。


「それなら俺は、本物のワイバーンで戦う。

 こんなにも早く、バスケに代わる居場所を見つけられるなんて、夢のようだ……」


「マジっすか、勇斗先輩……。

 じゃあ、今すぐ下にある光のサークルで、魂を融合させましょう」



 そこに、朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴る。



「あ、もう時間だ……。

 すいません、勇斗先輩」


「お前、今すぐ、と言ったよな」


「はい」


 肩を掴まれたままで、煌は逃げるわけにいかなかった。

 まだ、先生が階段を上がってくる音は聞こえない。

 二人は並んで階段を降り、白いサークルの前に立つ。

 勇斗の目が、眩い光を見下ろしていた。

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