虐げられた聖女は召喚したブッコローに説教され、自らの手で幸せを掴む

海空里和

第1話

 フワフワと動く虹色の羽角がとても綺麗でした。


「やった! 成功したぞ!」

「これで我が国も安泰だ!」


 神官たちが神殿内中央の魔法陣に現れた精霊を見て一斉に歓声をあげます。


「え、ここどこですか?」


 精霊様はその可愛らしい瞳をパチクリとさせて言いました。


 左右瞳の色が違うのも、神秘的です。


(あのお手の本は、聖典かしら)


「精霊様、我が国に降臨していただきありがとうございます。貴方様は我が国の聖女の声にお応えくださった!」


 我が国の王太子であるルシアン様が精霊様の前に歩み出て、私の妹、ライラージュを紹介します。


「は? 精霊? ちょ、ちょ、ちょっと待って。私、ミミズクなんですけど?」

「精霊様は、ミミズク様とおっしゃるのですか!」

「いや……」

「おい、リルラーレルシカ、ミミズク様のお世話をちゃんとしておけよ!」


 ミミズク様が何かおっしゃろうとした所で、ルシアン様が遮って私にご命令されました。


「はい、かしこまりました」


 私は頭を下げて答えます。


「お姉様の出来ることっていったらそんなことくらいですものね」


 妹のライラージュがクスクスと笑いながらルシアン様に寄り添います。


「まったくだ。姉のくせに、聖女のライラと違って無能だからな。ミミズク様のお世話を任されるだけありがたいと思え」

「はい……」


 私は嘲笑する二人に頭を下げ、返事をしました。二人はそんな私を愉悦の顔で見下ろすと、神殿を後にしました。


「いや、話聞こうよ……」


 ぽつりとこぼされたミミズク様の言葉だけが神殿内に響きました。


 私、リルラーレルシカは、この国、バーサード王国の王太子ルシアン様の、幼い頃に決められた婚約者でした。


 しかし、ある日突然、殿下から婚約破棄を言い渡され、妹がその座に納まったのです。


 妹は私と同じ聖女ですが、天真爛漫で誰からも愛される性格です。真面目に聖女の勉強や仕事をしませんが、そんなことは殿下にとってはどうでも良いことだったようです。


 妹が殿下の婚約者になってから、私はライラージュのメイドのような扱いを受けるようになりました。


 なぜか妹と共同で聖女の仕事をすることになり、その功績は全て妹の物になりました。妹の聖女の力の方が大きいからだそうです。


 そして今回の精霊降臨の儀も、共同で行いましたが、ライラージュの功績、ということになりそうです。


 精霊を召喚した我がバーサード国は安泰。二人の結婚式も近そうです。


「ちょーっといったんストップしてもらっていい?」


 私の説明をミミズク様は呆れた声で制止されました。


 神殿内にある客間の一つ、ミミズク様に充てがわれた部屋に移動した私とミミズク様。この部屋は鍵がかけられ、表には騎士が監視で立っています。


 ミミズク様を丁重にもてなすフリをしながらも、実質軟禁と変わらないようです。


 ミミズク様には自己紹介をしたところで、何故か私の身の上話にまで発展してしまいました。


「その、あなた、リルラ……、何?」

「リルラーレルシカですわ」

「長いな」

「では、ルカとお呼びください」

「じゃあ、ルカさん?」


(まあ、私のような者にさん付けなんて、何て素敵な方なんでしょう!)


 フカフカのソファーに横並びに座るミミズク様に目線を落とすと、真剣なお顔をされて言った。


「その、王太子とやら? 男としては酷いやつだよ!」

「まあ……」


 この国の王太子を酷いやつ呼ばわりなんて、さすが精霊様です。


「そもそも、ルカさんは何で言いなりになってるんですか?」

「えっ……何で、と言われましても……この国の王太子殿下の命に逆らうなんて……」


 考えたこともありませんでした、と言おうとして口を噤みました。


 殿下や妹から離れる術はあったかもしれません。私は自分に起きた出来事を嘆くくらいなら、と二人の言うことを聞くフリをして、考えるのをやめてしまっていたのです。


「あのねえ、自分の人生っていうのは、自分が一番主導権握れるんですよ」


 俯いた私にミミズク様は溜息混じりに言いました。


「そんな酷い男は捨てて、次に行かないと! 出会うための努力、大事よ? 他人に人生左右されない方がいい。自分の人生無駄にしてるんじゃないよ?」

「まあ……」


 ミミズク様の言葉に、私の目からは涙が溢れました。


 自分のための人生、なんて考えることがありませんでした。幼い頃から殿下に仕えることこそが私の人生でした。


「私、自分の人生を諦めてしまっていたようですわ」

「ルカさん、美人なんだから、男がほっとかないでしょ!」

「私が美人、ですか?」


 このピンクの髪も緑の瞳も妹と同じですが、ライラージュと違って、私が美人なんて初めて言われました。


「私、人を見る目はあるのよねー。見た目もだけど、ルカさんは内面も美人でしょ」

「ミミズク様……!」


 私を見て、そう評価してくださるなんて。精霊様にそんなことを言っていただけるなんて恐悦至極です。


「あの、ミミズクっていうのは個体名であって、私の名前はR.Bブッコローなんですよね。ミミズク、この国にいないわけ? ていうか異世界転生ってやつに馴染んでる自分、怖いわー」

「ブッコロー様とおっしゃるんですね?」


 後半何をおっしゃっているか理解でき出来ませんでしたが、名前だけは聞き取ることが出来ました。


「ルカさん? これ、私帰れないやつだよね?」

「え? 帰れますよ」

「帰れるんかーい! ラノベの展開と違うんかーい!」


 ブッコロー様の質問に私が答えると、ブッコロー様はまたわからない言葉で叫ばれています。


「ブッコロー様は元の世界にお帰りになりたいんですか?」

「当たり前でしょ。私には妻と子供がいますからね!」

「まあ……! それなら本名を殿下たちに知られずに良かったですわ!」

「どういうこと?」

「精霊の本名がわかれば、魔法で契約を縛ることが出来るのです」

「え、怖……」


 ご家族がいらっしゃったなんて。精霊様にもそんな世界が存在していたことに驚きつつも、私は罪悪感でいっぱいになりました。


「それにここ、競馬もないでしょ?」

「けいば、とは?」

「え、やっぱり競馬知らない? A記念知らない? ゴール手前で急坂があるんだけどさ、スタート直後に全力疾走しちゃうと疲れちゃって最後に失速するわけよ! 騎手の手腕が問われる訳でって……コホン、だからルカさんも、ゴールも見えないのに、そんな二人のために頑張り続けると疲れちゃうよ」


 ポカーンとする私にブッコロー様は付け加えるように言われました。


「まあ、素敵なお話ありがとうございます!」


 例え話はよくわかりませんでしたが、感動した私は競馬とやらの話でブッコロー様と盛り上がりました。


「この国に馬はおりますのよ。騎士たちがそれに乗って戦います」

「え、戦うって何? 魔物? 戦争?」

「さすが精霊様……! ご存知ですのね? 魔物討伐を巡っては隣国と少し揉めまして、戦争になりかけましたが、隣国の方が大国ですのでそうはなりませんでした。ご安心ください」


 怖がるブッコロー様に安心していただけるよう説明した所で、私は大切なことを思い出しました。


「ブッコロー様、急いでここを脱出しましょう!」

「え、何、突然どうしたの?」


 慌てる私は、見上げるブッコロー様を抱き上げます。


「隣国に対抗するための精霊召喚でした! このままではブッコロー様も戦争に巻き込まれてしまいますわ!」

「でも私、ミミズクであって、精霊じゃないんだけどなあ」

「ブッコロー様は間違いなく精霊様ですわ! 私が責任を持って元の国にお返しいたします!」


 謙遜されるブッコロー様に私は宣言しました。


 こんな気持ちは初めてです。私自身が何かを成し遂げたい、と思うなんて。


「でも、私が帰ってルカさんの国は大丈夫なんですかね?」


 なんて、お優しいんでしょう。ブッコロー様に私は微笑んで答えます。


「私も隣国との戦争は望んでおりません。民が犠牲になることだけは避けたいのです。それは、隣国の皇太子殿下も同じですわ」

「隣国の?」

「はい。ミズラード帝国のレナルド・ミスラード様ですわ。彼はちょうど今、姿を忍んでこの国を視察にいらしているのです。彼の魔力は誰よりも高いです。協力を仰げばきっとブッコロー様をお帰しする手助けをしてくださいますわ!」


 私の言葉にブッコロー様が疑問を投げかけます。


「いや、ルカさんにバレてる時点で忍んでないよね?」

「いいえ、忍んでいらっしゃいますわ! 私はたまたま魔力量と事前情報から気付いただけで、ルシアン様なんて未だにミズラード帝国の使者だと信じておりますもの」


 私の返答にブッコロー様が固まられましたが、急がなければなりません。ドア越しに私は魔法を使います。


 ガチャリ、と鍵が開く音と同時に、ドサリと何かが倒れる音がしました。


 そっと扉を開け周囲を見渡すと、扉の近くに騎士が倒れていました。


「何したんすか?」

「魔法でちょっと眠ってもらいました」

「すげえ……てか、最強なのに何で今まで言いなりになってたのよ」


 抱える腕の中でブッコロー様が何やらブツブツと呟いておられましたが、私は急いで神殿を出ました。


 ミズラード皇太子は今日は城下町を散策されると伺いました。


 魔力の流れを辿り、私はブッコロー様を抱えて街中を一気に走りました。


 倒れた見張りの騎士を見つけて追手がかかるのも時間の問題です。


「レナルド殿下!!」


 街を見渡せる高台に多くの供をつけてレナルド殿下が佇んでおられました。私は思わず殿下の名前・・・・・を叫んでしまいました。


「こんにちは、リルラーレルシカ嬢。君なら私の正体を見抜いていると思っていたよ」


 殿下はふんわりと微笑まれると、静かに私に歩み寄られました。


 綺麗な漆黒の髪に美しい緑色の瞳。隣国ではそのうるわしい容姿と共に、政治の手腕も評判のお方です。


「だって君、この国で一番の魔力を持つ聖女でしょ?」

「え?」


 レナルド殿下の言葉に私は目を点にしました。どうやら殿下も私と同じく、魔力量を見られるお方のようです。


「なんだ、ここにフラグあるじゃないっすか!」

「そのお方は……」


 私の腕の中でまた難しい言葉を話されたブッコロー様に殿下はすぐに気付かれました。


「殿下、我がバーサード王国は条約を破り、精霊様を召喚いたしました。処罰は覚悟しております。ただ、先にこの精霊様を元の世界にお帰しする手助けをしていただけないでしょうか?」

「……なるほど。秘めていた花が開いたのにはそういう訳があったのか」

「殿下?」

「いや、君と私が力を合わせればたやすいだろう」


 私の懇願に殿下は何やら逡巡されていましたが、すぐに笑顔を向けてくださいました。


 召喚よりも元の世界に帰す方が魔力量を膨大に必要とします。そのことを陛下もご存知だったようです。


「はー、やっと帰れるんか」

「ブッコロー様、少しの時間でしたが、お話し出来て楽しかったですわ」


 私はブッコロー様の名前がバレないよう配慮しつつ、小声で彼の耳元で囁きました。


「出会った頃より良い顔してるよ、ルカさん」


 ブッコロー様は優しい声でそう言ってくださいました。


(私もそう思いますわ!) 


「そこまでだ、リルラーレルシカ!!」


 ほっこりとした空気の中、突如流れが変わりました。


「ルシアン様?!」


 気付けば、ルシアン殿下が騎士たちを引き連れ、高台の入口を塞いでいました。


「まさかお姉様が独断・・で精霊様を召喚されていたなんて……! しかも精霊様を連れ出して何をさせるつもりだったのですか?」


 ルシアン様に寄り添うように横にいたライラージュが言いました。


(そういうことですか……)


 ミズラード帝国の使者と思われているレナルド殿下にブッコロー様を見られた以上、その罪を私に着せて、後からゆっくりとブッコロー様を利用されるおつもりなのでしょう。


「何ですか、あいつら! レナルドさんとかやら、ルカさんは……」


 ブッコロー様が私の腕の中で庇おうとしてくださっているのがわかりました。


 レナルド様はそれを遮り、シー、と口元に指を当てていたようです。私はそれに気付かず続けました。


「ルシアン様、言われるがまま精霊様を召喚した否は私にもあります! しかし、精霊様はお返しして、ミズラード帝国には謝罪をして誠意を見せるべきだと思います!」

「なっ……お前、本当にリルラーレルシカか……?」


 今まで殿下に意見をしたことなどございませんでした。でも、今は昔の私ではありません。


 そんな私に殿下は一瞬怯みましたが、すぐに騎士に命令しました。


「リルラーレルシカを捕らえろ!」


 私はブッコロー様を元の世界にお帰しするまで捕まれません。ギュッと身を固くした所で、レナルド殿下から腕を捕まれ、その胸の中に閉じ込められてしまいました。ブッコロー様ごと。


「じゃあ、君の望み通り、精霊様をお返ししようか?」

「え? 何の準備も無いのにですか?」


 儀式に必要な魔法陣を描くことも、身を清めたり、諸々の準備が足りません。


「そんな古臭い段取り、無意味だって君もわかってるでしょ?」


 レナルド殿下はパチンと片目をつぶり、私におっしゃいました。意外と気さくなお姿に私の胸が跳ねます。


 確かに準備うんぬんはしきたりであり、あまり意味をなさないことは気付いていました。しかし、魔法陣は必要です。


「大丈夫、私に身を任せて」


 私を安心させるようにレナルド殿下が微笑まれます。私はその笑顔に心が落ち着いてゆきます。


「ちょ、ちょ、一旦待ってください! 私、帰れるの嬉しいですけど、このあと、ルカさんはどうなるんですか?!」


 こんな時まで私の心配をしてくださるブッコロー様。本当にお優しいです。


「心配しないでください、私はとうに覚悟しております」

「いやいや、自分の人生自分で掴めって言ったけど、そんな覚悟いらないから!」


 私の決意にブッコロー様が慌てておられます。


「精霊様、リルラーレルシカ嬢のことは私が守りますから、安心してください」


 私たちのやり取りに、レナルド殿下がブッコロー様にそう言ってくださいました。社交辞令でも嬉しいです。でもレナルド殿下なら私の命までは取らないよう、配慮してくださるでしょう。


「あー、そういう?」


 ブッコロー様は何かを察せられたように殿下に顔を向けると、レナルド殿下もブッコロー様にニッコリと笑顔を返しておいででした。お二人、何か通じられたのでしょうか?


「じゃあ、いくよ、ルカ嬢!」

「は、はい!」


 いきなりの愛称呼びにドキン、としながらも、私は促されるまま、レナルド殿下に手を預けます。


 瞬間、二人の魔力が共鳴し、強い光を放ちました。


「ライラ! 精霊を行かせるな!」


 強い光に目を細めながら、ルシアン殿下が叫びました。


「はい! ミミズクよ、我が声に応えよ、我が命に従い、ここに来い!!」


 殿下に応えてライラージュが契約の呪文を唱えました。


 当然、何も起こることはなく、二人は混乱されています。


「今のはこの国の王太子も精霊召喚に関わっていた証拠だね」


 レナルド殿下はニヤリと笑うと、私に顔を近付けました。


「さて、ルカ嬢。精霊様の名前を呼んで」

「はい……ブッコロー様を元の世界にお帰しします!!」


 レナルド殿下に促されるまま、私はブッコロー様の名前を叫びました。不思議と殿下のことは信用出来ました。


「ルカさん……!」


 ブッコロー様が光に包まれていきます。


「ブッコロー様、私の人生を変えてくださってありがとうございました」


 私がブッコロー様にお礼を告げると、レナルド殿下の顔が更に近付きました。


「ブッコロー様、私も貴方に感謝しますよ」


 言い終わると、レナルド殿下の唇が私に重なりました。


「?!?!」

「マジかーーーー!!」


 突然の出来事に赤くなる私。


 ブッコロー様の叫び声と共に光は私たちを包み、大きく弾けました。


 光が収束すると、ようやくレナルド殿下の唇が離れました。


「魔法陣が無くてもうまくいったでしょ?」


 どうやら魔力を交わらせる方法でブッコロー様を元の世界にお帰ししたようです。私たちの魔力量ならば可能だったのでしょう。


 ブッコロー様の姿はもうここにはありませんでした。


 腕の中の温もりがほんのりと冷えていき、少し寂しいですが、成功して良かったです。


(でも、魔力を交わらせるのなら口付けじゃなくてもよかったのでは?)


 思い返すと恥ずかしくて、まだ顔が赤いです。


「さて、ルシアン殿下、もう言い逃れは出来ませんよ? ルカ嬢に罪をなすりつけ、ミズラード帝国を欺こうとしたその罪、許されませんよ?」


 レナルド様はまだ顔の赤い私の肩を抱き寄せたまま、ルシアン様に詰め寄りました。


「ひっ……リ、リルラーレルシカ!! お前、隣国と、この使者と通じていたな!!」

「えっ……ルシアン様、まだお気付きではないのですか?」


 苦し紛れに未だに私を糾弾されようとするルシアン様に私は呆れて言いました。


「使者様!! お姉様は力も無い聖女ですわ! こんな女の言うことを鵜呑みにしてはいけません!」


 今度はライラージュがレナルド様に食ってかかります。


(ああ、二人とも、何て無礼なのかしら。ちゃんとお勉強するようにあんなに言ったのに……)


「まさか、王太子ともあろう方がこの私の顔を知らないなんてね」


 レナルド様が呆れたように言いました。


「えっ……え?! まさか?!」


 ルシアン様が気付かれた時にはもう遅く、ミズラード帝国の騎士たちによってその場は抑えられました。ルシアン様もライラージュもバーサード王国の騎士たちも、ミズラード帝国の騎士たちによって連れて行かれてしまいました。


「ルカ嬢」


 皆連れて行かれて私だけが残りました。私に向き直ったレナルド様に私は言いました。


「レナルド殿下、私もいかようにも罰を受けます」

「そうか!」


 私の言葉に殿下は何故か笑顔になりました。


「ではルカ嬢、君には私の妻になって欲しい」

「ええ?!」


 私は思いがけない殿下の言葉に飛び上がりました。それのどこが罰なんでしょう?


「君は国のために献身的にその力を使いながらも、無能と言われてもただ黙って仕事をしていた。諦めた目をした君が気になっていた」


 何故、という私の視線の問に殿下は真剣な顔で説明してくださります。


「そして今日、君は、自分のことなど一切考えず、国のため、精霊様のため動いた。他人のために君は動いたんだ。それこそが尊い。君の美しい心がやっと花開いたんだ」


 先程、殿下が呟いていたことが蘇ります。


「私は他人ではなく、自分の人生を歩むために一歩を踏み出しました。ブッコロー様の教えですわ」

「では、その先の一歩を私と共に始めよう」


 自分勝手な想いを吐きだしたのに、殿下は笑って私に手を差し出してくださいました。


 私はその手を取り、微笑んだのでした。



 それから。二カ国間で会談が設けられ、ルシアン殿下は王太子の座を追われることになりました。妹のライラージュも神殿から追放され、二人は僻地に流されたと聞きます。


 レナルド殿下に嫁ぎ、ミズラード帝国へと移り住んだ私はというと……


「ああ! 今日が楽しみですわ!」

「初めての『けいば』とやらを開催するんだもんな」


 はしゃぐ私の横でレナルド様が微笑まれます。


 ブッコロー様から伝え聞いた『けいば』のお話をレナルド様に話すと、彼はミズラード帝国でも作ろうとおっしゃってくださいました。


 かくして王城の隣に建てられたアーチ型の闘技場を改築し、馬が走れる道を整え、坂道や曲がり角など、ブッコロー様の説明通りに作った『けいば』場が完成しました。


 騎士たちが馬に乗り、その速さを競うのです。


「騎士にとって馬の扱いは最重要だからな。さすが精霊様」


 レナルド様と話しながら主賓観覧席にたどり着くと、彼が合図をします。


「これより、ブッコロー杯を開催する!!」


 参加する騎士や、観覧席の国民からは大きな歓声があがりました。


(もしブッコロー様がまたいらしたら、今度は楽しんでいただけるわね!)


 幸せな気持ちでレナルド様に寄り添い、私は騎士たちの見事な馬さばきを見届けるのでした。



「いや、競馬ってギャンブルだからね?!」


 遠い異世界、ブッコロー様がそう言いながら本を閉じたのは、また別のお話のようです。


End


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虐げられた聖女は召喚したブッコローに説教され、自らの手で幸せを掴む 海空里和 @kanadesora_eri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ