黄金の仙境

市野花音

黄仙編

修復

第1話 花瓶

 昔々、大陸の東。

 争い乱れけがれた大地に、一人の青年がおりました。

 戦で片腕をなくした青年の望みは、永年の安楽でした。

 そのために青年は、穢れた身を押して、身に走る苦痛に耐えながら、今日も歩くのです。

 遠い遠い、黄金の仙境せんきょう目指して。

        *

 「ねえ、理不尽じゃない?」

 「いきなりどうした」

 金切り声を張り上げた少女を、億劫そうに青年が振り返る。

 青年は、長椅子にどっかりと腰掛け、果実の皮を剥く手を止めない。

 「人の話を聞く時は、作業をやめてくれないかしら」

 「どうせくだらないことだろ。それに、茘枝ライチを食べたいと言ったのはお前だろう」

 青年が手に持つ果実は、どうやら高級品のようである。

 「私、皮むくの下手だもん」

 少女は場違いにもなぜか胸を張る。

 「確かにそうだな。ところで、何が理不尽なんだ」

 青年は諦め、早く話を終わらせることにしたらしい。

 「私の前にあるものを見なさい」

 妙に偉そうに、少女が傲慢に言い放つ。

 少女が着ているのは、地味な沙青シァチン色の上衣に沙緑シァリュー色の帯の、一眼で大量生産とわかる単調で地味なものだ。

 対して青年が着ているのは、袖に金彩の施された純白の深衣に金糸銀糸の緻密な刺繍の施された豪奢な衣装。

 少しと見ただけでも、一点物とわかる高級品だ。

 明らかに、くらいが上なのは青年の方だ。

 なぜ、少女が偉そうなのかは、この二人のねじこじれた歪な関係を二年前の出会いの時から詳らかにしなくてはならないのだか、それはまた別の話。

 しかし、一つ言わせて貰えば、今少女が言わんとしてることよりも、はるかに理不尽な話である。それはもう、真にかなった。

 「お前の前にあるものか?そりゃあ……」

 青年がくるりと首をあげ、部屋を見回す。

 中央に長椅子、南の壁に卓、北の壁に本棚、東の壁に水墨画、西の壁は扉。

 柱や梁に細かい植物の細工が施されている以外は、なんの変哲もない中華風の部屋だ。

 少女は長椅子の隣にある卓子に腰掛けていた。日差しはまだ南、燦々とした青空が窓に切り取られている。

 「卓の上にある、割れた花瓶の破片か?」

 「ええ、そうよ」

 少女が神妙に頷く。

 「お前が今朝、湯呑みを出そうとして割った花瓶だな」

 「いや、あれは黄仙こうせんが途中で話しかけて来たからだよ?」

 「いや、俺話しかけてねーぞ?」

 「私が話しかけたと言ったら話しかけたってことで確定なの!」

 「白を黒という暴君かよ」

 「乙女に暴君はないでしょう!」

 「白を黒というのは認めるんだな」

 「話を聞けーって」

 少女がバンっと卓を両手で叩いた。

 「あのね、黄仙も手伝ってくれない?」

 「は?唐突に何を?」

 青年は卓を叩いた少女に呆れつつも、しっかりと話は聞くようである。

 その態度で、その青年の優しさがわかる。

 「唐突じゃ無いわよ。これの修復を手伝ってくれって言ってるのよ!」

 「なんでお前は上から目線なんだよ……。全く、それを割ったのはお前だろ……」

 少女の態度に、青年は怒りを通り越して呆れたようである。

 「仮にでも花瓶に“それ”っていうのは無いんじゃ無いかしら?」

 「だ・か・らーっ、花瓶を割ったのはお前って何っ回も言ってるじゃねーかよ!あと、お前も花瓶のこと“これ”ってたじゃねーかよ」

 「それはそれ、これはこれ!」

 「理不尽だろーがおいっ」

 青年は、先ほどの少女のように叫んだ。

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