第33話 突発イベント
庭園の一角にある東屋。
周囲には白く可憐なイベリスの花が咲き、仄かに甘い香りが漂っている
「どうぞ」
「頂きます」
俺はメイドさんがいれてくれたお茶を口に含んだ。
瞬間、爽やかな甘い香りが口の中に広がる。
「美味しいですね。こんな爽やかな紅茶を飲むのは初めてです」
「これは……この庭園でとれた、ドラクーンの花で作ったお茶です」
「ドラクーンの花、ですか?」
王女様の口にしたドラクーンと言う名は、この国と同じ名だ。
国の名を冠してるって事は――
「ひょっとして――」
「ああ、この国の国花さ。貴重な物でね、貴賓にだけ出しているんだ」
「貴賓用って……そんな貴重な物、俺なんかが頂いていいんですか?」
「ははは、遠慮する事はない。君にはその価値があるからね」
「はぁ……」
直訳すると、良い物やるからその分頑張って働けと言われている訳で。
何とも返答し辛い。
ガンガン外堀を固められていく気分だ。
まあ取りあえず、今はお茶を楽しもう。
そう思ってカップに手を伸ばしたところで――
「アドルーー!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
声の方に視線をやると、ソアラが砂煙を上げながら遠くからこっちに向かって走って来るのが見えた。
「……」
そのこっちに向かってダッシュしてくる姿を見て思う。
この前みたいに突っ込んでこないよな?
と。
王族と一緒のティータイム現場。
普通ならまさかと思う所だが、彼女ならあり得そうで怖い。
椅子から立ち上がって身構えるか少し迷ったが、流石のソアラもそこまでお馬鹿ではなかった様だ。
途中から速度を落とし、東屋の手前でピタリと止まった。
「何て格好してるんだよ……」
ソアラは軽装気味の鎧を身に着けている。
その鎧には、どす黒い何かがべっとり付着していた。
恐らく、と言うか確実に返り血だ。
「ドラゴン退治してきたよ!」
ソアラは前日帰って来ていない。
人間の生活圏付近に出たドラゴン退治に出かけていた為だ。
因みに、ドラゴンは王都から結構離れた場所に出現していた。
ソアラは1日で全てを終わらせて帰って来いるが、もし騎士を編成して向かわせていたら、討伐までに数日はかかっていただろうと思われる。
これぞ正に勇者クオリティだ。
「それは知ってる。せめて汚れ落とすかなにかしろって言ってるんだよ。ここには王子様と王女様もいるんだぞ」
「ははは、構わないさ。彼女はこの国の為に頑張って来てくれたんだから。任務ご苦労だった、ソアラ君」
「おかえりなさい、ソアラさん」
「ただいまー。楽勝だったよ!」
「頼もしい限りだ。バルター殿にソアラ君。それにアドル君の三人がいる限り、我が国は安泰だな」
人の名前をサラリと混ぜるのは止めてくれませんかね?
俺はあくまでも非常勤なんで。
しかしソアラの奴、相手が王族でも溜口だな。
まあ流石に許可は貰っているとは思うが……ちゃんとも貰ってるよな?
ちょっと不安な気分になるが、そこは考えない様にしよう。
「私とアドルにお任せだよ!」
「俺を混ぜるのは止めてくれ」
「ここまで走ってきて喉が渇いたから貰うね」
こちらの言葉などガン無視し、俺のティーカップを奪ってソアラは中身を一気に飲み干してしまう。
クッソ高い高級茶葉が使われているのだが、彼女にかかればただの匂いの付いた水でしかない。
「よし!アドル訓練しよう!」
喉が潤ったらお次は訓練と来たか。
相変わらず脳筋まっしぐらな思考である。
「今優美にお茶してるのが、お前には見えないのか?」
「お茶?もうないよ」
「お前が飲み干したからな」
「じゃあ訓練だね!」
そこは勝手に全部飲んでごめんなさいの状況なんだが、当然ソアラにそんな常識は通じない。
偉大なる勇者様だけあって、我が道をひたむきに突っ走ってらっしゃる。
「ふふふ」
そんな俺達のやり取りを見て、レアン王女が口元を押さえて小さく笑う。
そんな上品な仕草を見て思う。
ソアラ、彼女の爪の垢を煎じて飲んでくれないかな、と。
まあ勿論思うだけで、口にはしないが。
そんな馬鹿な事を口走ったら、訓練が地獄になりかねないからな。
「お二人は……本当に仲がいいんですね」
「うん!相棒だからね!」
レアン王女の言葉に、ソアラが屈託のない笑顔でハッキリとそう答える。
まったくこいつは……
もうその辺りの事を口封じするのは今更だから諦めてはいるが、嫌ってる本人が目の前にいるんだからもう少しぐらい忖度する素振りは見せろよな。
「じゃあ訓練ね!」
「あっ、ちょ……無理やり引っ張んなよ」
ソアラが俺の手を掴み、無理やり引っ張る。
抵抗したい所だが如何せんパワーが違い過ぎて対抗できず、ずるずると引き摺られててしまう。
「国の未来を担う二人の邪魔は出来ないからね。ティータイムの続きはまた今度にしよう」
「アドルさん。あの……またご一緒してください……」
結局俺は広い場所にまで無理やり連れて来られ、ソアラの訓練に付き合わされる羽目に。
嫌な突発イベントもあった物である。
当然、訓練で酷い目に合わされた事は言うまでもないだろう。
加減しろよ。
マジで。
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