第32話 勧誘
騎士の訓練場。
その一角、一段高い場所は貴賓席の様に仕切られていた。
そこで俺の試験を見ていた金髪の男性が手を叩きながら、小さな銀髪の女の子と一緒に階段を降りて来る。
それを見て、その場にいた全員が左手を胸にやり頭を下げた。
これは騎士の敬礼のポーズだ。
ゼッツさんやゾーン・バルターまで頭を下げてる辺り、相手は相当偉い人物の様である。
なので、俺も一応周りに合わせて同じポーズを取っておいた。
「王国第二王子アルケンド様と、第二王女レアン様だ」
ゾーン・バルターが、こっそりと俺にだけ聞こえる小声で二人の事を教えてくれる。
……この子がレアン王女か。
アルケンド王子の事はよく知らないが、レアン王女の事は知っていた。
ソアラが彼女と仲良くなっており、送って来た手紙にその事が書かれていたからだ。
何でも、夢見とか言う王家特有の不思議な能力を持ってるらしい。
「私の名はアルケンド。この国の第二王子だ」
「初めましてアルケンド様。アドルと申します」
「アドル君。先程の戦い、見事な腕前だったよ。勇者ソアラ君の相棒。ゾーン・バルターの再来と言うのは伊達じゃないな」
レアン王女とソアラの仲がいいなら、そら俺の事は伝わってるよな。
まあもういいけどさ。
さっきも結局全力で戦った訳だし。
「私などはまだまだ未熟者の身。その様な呼称は恐れ多い事です」
「ははは、謙虚な事だ。私も一応剣を嗜んでいるのでね、君の腕がどれ程の物かぐらいは分かるさ。この国でも君に敵う者は勇者ソアラ君か、ゾーン殿位の物だろう」
「王子のおっしゃる通りです。まさに彼は天才と言えましょう。是非ともこの国の騎士として、腕を振るって貰うべきかと」
さっきおもっくそ断ったのだが、ゾーン・バルターがまた人の事を勧誘しようとしだす。
しかも今度は王族と言う圧を使って。
案外食えないおっさんだ。
「うん。私もそう思う。アドル君、どうだい?正式に騎士団に所属する気はないかな?」
「ああ、いえ……大変ありがたいお誘いなのですが、戦いなんかには向かない気質ですので。申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
相手が王族だろうと、当然ハッキリと断る。
ここで曖昧で半端な返答を返すと、後々ずるずると碌な事にならないのは目に見えているからな。
「ふむ、そうか。ならば非常勤と言う形はどうだ?どうしても君に頼りたい仕事や、国の危機に際して助力して貰うと言う形で働いて貰えればいい」
王子様がしつこく食い下がって来る。
戦いには向かいない気質だって言ってるんだから、素直に諦めてくれればいい物を。
しかし参ったな……
どうしても頼りたい仕事とか。
国の危機にとか言われると、果てしなく断り辛いんだが。
「えーっと……」
「あくまでも緊急時だけ力を貸してくれればいい。どうか頼まれてくれないか?」
「私からも改めて頼む。どうかこの国の為、引き受けてくれないだろうか?」
ゾーン・バルターが駄目押しとばかりに、俺に深く頭を下げて来た。
この状況で断ったら、偉人の面子は潰すわ、国の危機にさえ立ち上がろうともしないとんでもない奴って事になってしまう。
チラリとゼッツさんの方を見ると、彼は申し訳なさそうに目を伏せる。
うん。
これ、完全に嵌められたな。
まあそれでも、絶対やだって突っぱねる事が出来ない訳ではない。
こちとらまだ12歳の子供な訳だし。
クラスが市民である以上、彼らが無理強いする事も出来ないだはず。
けど、それをすると俺を相棒とか吹聴してるソアラの評価まで下がっちまうんだよなぁ……
「はぁ……」
しょうがない、か。
まあもう目を付けられてしまってるし、きっと此処で断っても、なんか別の手を使ってくるしつこく勧誘して来る可能性は高いだろう。
親衛隊長のゼッツさんのとこで世話になってるし。
部外者なのにダンジョン入場の許可も貰うし。
その辺りの借りを返すという意味で――
「分かりました……でも、本当に必要な時にだけでお願いしますよ」
「おお、引き受けてくれるか!」
「流石はソアラ君が信頼を寄せる人物だけはある。幼いながらも国の為に献身しようとするその姿は、正に勇者の相棒に相応しい。皆、彼の決断に拍手を!」
周囲から盛大な拍手が上がる。
ゾーンさん。
そんな薄ら寒い絶賛や拍手はいりませんから。
「勇者ソアラに続き、君の様な天才が国に仕えてくれればこの国は安泰だ」
緊急時って単語が、王子様の頭からもう抜けてそうな反応である。
絶対ゆくゆくは、とか考えてるだろこいつ。
もちろんそうなりそうになったら、今度こそ全力で抵抗させて貰うが。
騎士に就職など、まっぴらごめんだからな。
「あの……」
銀髪の少女――レアン王女が、アルケンド王子の服の裾を引っ張った。
「おっと……そう言えばまだ紹介もしていなかったな。この子は私の妹のレアンだ」
「初めましてレアン王女。アドルと申します」
「は……初めまして、レアンです」
レアン王女は人見知りをするタイプなのか、恥ずかしそうに王子の後ろでもじもじしていた。
「妹はソアラ君から君の話を聞いて、ずっと会いたがっていたんだ」
「そうなんですか」
ソアラから聞く話など、どうせ禄でもない物だろうと容易に推測できる。
なぜそれで王女様が俺に会いたいと思ったのか謎でしょうがない。
「あの……もしよかったら、庭園でお茶でも一緒に……」
「俺なんかで良ければ」
特に断る理由もないので快諾する。
まあこの手の誘いを断るのは失礼だしな。
「い、今庭園ではイベリスの花が咲いているんです。白くて可愛い花で……その……」
「王城ではこの時期でも咲いているんですね」
イベリスは春の花だ。
今はもう秋なので、咲くにはかなり季節外れと言える。
「は、はい。城内は魔法で一定の状態が維持されてて……その……」
「城は一年中快適に暮らせる様に出来ていてね。それに合わせて、庭園の花も品種改良されているんだ。まあ立ち話もなんだし、庭園に行こうか」
アルケンド王子に促され、俺は庭園へと向かう。
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