第29話 四天王

「いや、いきなり手合わせとか言われても困るんですけど」


「そう言えばまだ名乗っていなかったな。俺の名はエキムス・ドーンだ」


誰も名前など聞いていない。

人の話を聞けよ。


「師匠。エキムス先輩はこの学園最強で、騎士学園四天王筆頭の人物でもあるんですよ」


四天王って……


前世と合わせて40年以上生きてるから、そう言う肩書がどうしてもチープで雑魚臭く感じてしまうな。

まあティーンの彼らにとっては格好よく響くのだろう。


「あ、もちろん私とタロイモも四天王ですよ。安心してください」


誰もそんな心配などしていない。

つうかお前ら兄妹も四天王なのかよ。

寧ろ逆に心配だわ。


「アドル君は剣を持ってるけど、それって真剣でしょ?手合わせは私の訓練用のを使ってちょうだい」


エンデさんがニコニコ笑顔で、手にした訓練用の剣を俺に差し出して来た。


やるとは一言もいっていないんだが?

それ、受け取らないと駄目ですか?


「おいおい、マジか。学園四天王最強対、噂の超天才の勝負かよ」


「今日でかけず訓練しててよかったぜ」


外野が集まってきて、無駄に期待の籠った声まで聞こえて来る。

流石にこの空気間で断る勇気はない。


それが出来る性格なら、ブラック企業で死ぬまで働いてなんてないからなぁ……


「はぁ……分かりました。お借りします」


仕方ないので、エンデから刃引きの剣を受け取る。


「えーっと、一応自己紹介を……ガゼム村から来たアドルです」


相手は姓があったので貴族だ。

腕前はイモ兄妹以上の様だが、手合わせでは少し気をつけないと。

万一怪我なんかさせると、後々めんどうな事になりかねないからな。


「よーし、俺はエキムス先輩に賭けるぞ!」


「俺も!」


「じゃあ私はベニイモが絶賛してた天才師匠に賭けるわ!」


「おいおい……」


俺達の周りに集まってきた生徒達が、手合わせで賭け事を始めだす。

学生が訓練場で何やってんだ、全く。


「この学園じゃよくある事ですよ。皆訓練訓練の毎日で、こういったたまの娯楽に飢えてるんで。師匠は気にしないでください」


……まあ確かに、ここは日本じゃないからな。


この国で賭博場は禁じられているが、禁じられているのはあくまでも‟場所”だけだ。とうの賭博自体は合法だったりする。

要は専門の施設はだめだが、こうやって突発的な賭け事は問題ないって事だ。


「ああ、わかった」


周りは気にせず俺は剣を構える。


「ベニイモ達が言っていた、ゾーン・バルターの再来の腕前とやらとくと見せて貰おうか」


「軽ーく捻っちゃってください師匠!」


ベニイモが先輩軽視の発言を堂々とする。

それを見て、エンデが苦笑いしていた。


まったく、同じ四天王じゃなかったのか?


もちろん、軽く捻るつもりなどない。

イモ兄妹より強いならそこまで楽勝って訳にはいかないってのもあるが、相手は貴族だからな。

そのプライドを粉砕していい事など無いのは火を見るよりも明らかだ。


それにあんまり強い所を見せるのも好ましくない。

ここは接待といこう。


「では参る!」


エキムスが一足で俺との間合いを詰めた。

速度は中々の物だ。


「っと……」


その速度の乗ったまま、彼は手にした剣を鋭く突き込んで来た。

俺はその切っ先を受け流す形で捌く。


「ふっ!はぁっ!」


初撃を捌かれたエキムスが素早く剣を引き、そのまま流れる様な動きで連撃を仕掛けて来た。

身体能力はイモ兄妹と大きな差は感じないが、その滑らかな剣捌きから、技量が一段上だと言う事が良く分かる。


……確かに、二人より強いな。


とは言え、だ。

二対一。

しかも超連携をしてくるイモ姉弟を捌ける俺からすれば、正直そこまで大した相手ではない。


取り敢えず、適当に攻撃を捌きつついい勝負に見せかけ――


「師匠!手加減したら駄目ですよ!本気で相手しないとエキムス先輩に失礼ですから!!」


なんて事を考えていたら、ベニイモの大声が響く。

その瞬間、エキムスの動きが止まり俺を強く睨みつけてきた。


ったく、ベニイモめ。

余計な事言いやがって。


「手加減だと……悪いが、手を抜いてもらって喜ぶ趣味はない。本気を出せ。それとも、俺では本気は出せないと言うつもりか?」


「分かりました。本気でお相手します」


まあ仕方がない。

相手がそう望んでいる以上、下手に手加減した方が怒らせる事になってしまう。


「行くぞ!」


再びエキムスが切り込んで来る。

数合剣でそれを捌き、スキが出来た一瞬を狙って俺は下段からの切り上げで彼の手から剣を弾き飛ばした。


「うっ……」


こういう、相手のスキを見つけるのが俺は得意である。

なにせこの8年間、常に格上のソアラに無茶な打ち合いを求められてきた訳だからな。

何とか活路を見出そうと足掻いた結果、自然とそういう部分が研ぎ澄まされて来たって訳だ。


もちろん、その事に感謝などはしない。

何故なら、そんな能力は俺の目指すスローライフに全く必要ない物だからだ。


「まいった。完敗だ」


エキムスが敗北を認めた瞬間、周囲から歓声が上がる。


「マジかよ!本気出した瞬間あのエキムス先輩が瞬殺されたぞ!」


「流石四天王のイモ兄妹の師匠!」


「あの年であの強さ!しかも市民クラスなんだろ!?」


「正にゾーン・バルターの再来だ!」


「看板に偽り無しね!」


何の看板だよ……


周囲の無駄な盛り上がりに反して、俺のテンションは駄々下がりである。

無駄に有名になってもいい事などないのだから当然だ。


ベニイモが吹聴しまくってたからいまさら?


そんな物は結局、ただの噂話でしかない。

実物を見なけりゃ話半分で、大した話題にもならなかった事だろう。

だが実物を見てしまうとそうもいかなくなる。


「さっすが師匠!お見事です!!」


ベニイモの満面の笑顔を見て思う。

全力でその顔面をぶん殴りたい、と。


……まあしないけどさ。


「はぁ……」


やるせない気分に、俺は大きく溜息を吐くのだった。



――――――――


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