第14話 しぶしぶ

「ふぅ……」


日課の鍛錬を終え、タオルで体を拭く。


ソアラが旅立ってからも、俺はこうして約束通り訓練を続けていた。

だがどうしても、その能率は低いと言わざる得ない。

勿論真面目に取り組んではいるのだが、全力で打ち合える相手がいるかいないかの差はかなり大きかった。


「やれやれ。こんな様じゃ、ソアラが助けを求めに来ても何にもしてやれそうにないぞ」


思わず自嘲気味に苦笑いする。


ソアラが村から出て行って早半年。

離れ離れになったとはいえ、彼女とは結構な頻度で手紙のやり取りをしている。


手紙を見る限り、ソアラは狩りに訓練にと大忙しで毎日が充実している様だった。

その成長は著しく、最新の手紙にはなんと、王国最強の騎士ゾーン・バルターと引き分けたと書いてあった程だ。

まったく恐ろしい奴である。


流石勇者。

さすゆうである。


「にしても差がやばいよな……やっぱレベルを上げるには、魔物を狩らないと駄目か」


ソアラのレベルはたったの半年で、60近くにまで上がっていた。

それに比べてこっちは半年で1つ上がっただけ。

なので、今は俺と彼女のレベルは10以上開いてしまっていた。


この馬鹿みたいな差は、魔物を狩れるかどうかの差と言っていいだろう。


「でもこの村じゃ無理だよなぁ」


住んでいる村の周囲には、殆ど魔物がいない。

まれに出たとしても、武器を持った村人で対処できる様な弱い奴だ。

一桁ならともかく、そんな程度の低い魔物で三十台のレベル上げをするのは無理があった。


魔物は強ければ強いほど、倒した際の経験値が多くなる。

そしてレベルは高くなるほど、必要となる経験値が増加する。


ゲームと同じだ。

だから弱い奴を狩っても余り意味はないのだ。


「ま、地道に訓練を続けるしかないか」


出来ないものはしょうがない。

俺は俺で地味に努力していくとしよう。


「さて、走るか」


日課の訓練は、最後ランニングで締める。

2時間程走ってから家に戻って来ると――


「ただいまー……あ、こんにちは」


――ソアラの両親が、テーブルに座って家の両親とお茶していた。


「おお、丁度いい所に帰って来たな」


父が俺を手招きして、空いてる椅子に座る様進めて来る。


「汗かいてるんだけど?」


「そんな細かい事気にしなくていい」


べとべとで凄く気持ち悪いんだけど?

まあいいか。


俺が席に座ると――


「実はおじさん達な、首都に行くんだ」


――ゴリアテさんが渋い顔で口を開いた。


なんか少し不機嫌そうだ。

何かあったのだろうか?


「ソアラに会いに行くんですか?」


「ああ」


モーモの収穫は少し前に終わっている。

収穫後は少し手すきになる時期なので、その間にゴリアテさん達はソアラに会いに行くつもりなの様だ。

まだ半年しか経っていないが、勇者とは言えまだ12歳だからきっと親としては心配なんだろう。


「それでね。もしよかったらなんだけど、アドル君も一緒に来てはくれないかしら?」


「え?俺もですか?」


アデリンさんに、急に一緒に行かないかと誘われちょっとびっくりする。

何せ首都までは結構な距離があるのだ。

そうそうそう気楽に会いに行ける距離ではない。


「ええ、あの子もきっと貴方に会いたがっている筈よ」


格好よく別かれたてまえ、たった半年で会いに行くのはどうなんだって気がしなくもない。


まあでも別に袂を分かった訳じゃないし。

俺自身が、村でやるべき事も特にないので時間には余裕がある。

折角だから細かい事は気にせず、会いに行くとするか。


「えっと……」


確認のため両親の方を見ると、二人は笑顔で頷く。

どうやらオーケーの様だ。

まあ先に話を通してる筈だろうから、当たりまえではあるが。


「分かりました。一緒に行きます」


「あら本当!アドル君が来てくれるなら、ソアラもきっと凄く喜ぶわ。ふふふ」


俺の返答にアデリンさんが顔の前でポンと手を叩き、凄く上機嫌そうに笑う。

それに対して、何故かゴリアテさんの顔は渋かった。

その両極端な反応に、俺は首を傾げる。


「じゃあ急で悪いんだけど、出発は明後日になってるの。大丈夫かしら?」


「あ、はい。大丈夫です」


本当に急な話である。

まあ何かしなければならない用事がある訳でもないので、別に構いはしないが。


「用意はお母さんがしといてあげるから、アドルは心配しなくていいわよ」


「うん、じゃあ取り敢えず体洗って来るよ。やっぱべたべたして気持ち悪いから」


――翌々日。


「えっと……母さん。その荷物は……」


母が用意してくれた荷物の量は尋常じゃなかった。

俺が丸々二人は入りそうな大きなリュックに、パンパンに荷物が詰められている。

それが4つ。


「ちょっと多すぎない?」


滞在期間は移動も合わせて精々数週間程度だろう。

まるで引っ越し張りの大荷物を持たされても困るんだが?


「向こうで暮らすんだから。これでも全然足りないぐらいよ」


「へ?向こうで暮らす?」


「ちゃんと手紙も書くんだぜ。アドル」


父が何故か寂し気な表情で俺の頭を撫でた。


「……」


今の状況を、俺は頭の中で整理する。

まるで長らく生活する様な、引っ越しする様な大荷物。

そして母の言葉と。

そして、暫くは会えない子供を見る様な父の寂しそうな表情。


「えーっと……ひょっとしてそれって……俺に首都で生活しろって事?」


「ええ。貴方が決心してくれて、お母さん本当にうれしいわ」


決心?

ん?

決心?


「ゴリアテ達はお父さんに自分の果樹園を任せて、ソアラちゃんと一緒に暮らす事を決めたんだ。お前はそれについて行くって言っただろ?」


「……」


そういや言ってたな。

『一緒に来てくれないか』って。

確かに言ってた。

そして俺はオーケーを出している。


「……」


しかし、だ。

普通そんなの、ちょっと顔見世に行くだけだって考えるだろ?

そっち行って暮らすとか、誰が考えるんだよ。


「それは流石に――」


「アドル。男に二言はなしよ。自分の言葉に責任を持たなきゃ」


文句を言おうとしたら、母にバッサリと切り捨てられる。

息子を罠にかけるとか、あの優しかった母はいったいどこに行ってしまったと言うのか?


「アドル、お前は男だ。首都に行って世界の広さを知って来い!そして大きくたくましい男になるんだぞ!」


父がぐっと拳を握りしめる。

モーモ農家を継ぐ俺に、世界の広さを知る必要なんて全くないんですが?

地味に働き続けるだけなんだから。


「アドル。貴方は男の子なんだから、ちゃんとソアラちゃんを守ってあげるのよ」


母が両手で俺の肩を掴み、真っすぐ俺の目を見てそう告げる。

その瞳には、勇者をちゃんと嫁に取れと言う野望の炎が見て取れた。

きっと、何を言っても通用しないだろう。


「……はぁ、わかったよ」


げに人の欲とは恐ろしい。


まあ本気で嫌がれば、流石にそれ以上強制はしてこないとは思う。

けど、両親には育てて貰っている恩があるからな。

俺は仕方ないと諦め、しぶしぶと了承する。


こうして俺は生まれて12年間暮らした村を後にし、ソアラの居る首都へと向かうのだった。

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