第5話 大賢者、勉強する


 リオルド王国。

 聖開歴442年から484年。

 筆頭宮廷魔術師。


 ノア・アルトール。


 超級魔術師という階級で見るなら。

 各国にそれなりの数が存在する。


 しかし、この老人は別格だ。

 属性の希少さと熟練難易度は反比例する。

 魔法の修練には、その属性に対する深い理解が必要になるからだ。


 であるにも関わらず、希少属性である空間属性の超級魔術師。


 通常の火属性の割合は6人に1人程度。

 その数の多さ故、研究も盛んである。


 しかし、数万人に1人と言われる空間属性。

 その発達は、彼1人の功績が全体の8割を占めるとも言われる。


 空間魔術師として歴史上初の――超級レベル4


 事実上、世界中の何処へでも移動可能。

 そんな魔法は、世界を激震させた。

 どの国の国防も、彼の進撃を想定した物に変わったのだ。


 真性の天才。

 歴史の分岐点。

 そう呼ばれる男。



 なのに、そんな怪物が……



 まだ十代の新人冒険者に交ざりって。

 カリカリとノートを書いている。


「えぇ、つまり、『魔境』とは幾つかの原因から考えられる魔力の留まりが激しくなった空間の動植物や岩石、鉱物が魔化、魔法生物化する魔力現象になります。

 しかし、これは悪い事ばかりでは無く、魔化は人工的に再現できない為、魔化した素材を入手する方法は、その発生に完全に依存しています。

 ここまでで、何か質問はありますか?」


 冒険者講習。

 講義名、魔境研究・応用2。

 冒険者は荒くれ者の集団だ。

 普通の新人はまず『戦い方』を学ぶ。


 まぁ、この御仁にそれは要らないっスね。


 適当に話を聞き流しているのは私だけじゃない。

 隣の大賢者以外全員だ。

 冒険者にとって重要なのは、実入りであって魔境の構造じゃない。

 攻略に使えるような情報ならともかく、成り立ちなど知った所でどうしようもない。


 しかし。


 大賢者は手を上げる。


「それでは、貴方」


 教員が指名すると、大賢者は立ち上がり質問する。


「魔境が現象であるというのなら、竜巻や津波、地震のようにその現象には終わりがあるのだろうか?」


「魔境の発生状条件は高密度の魔力の残留です。

 それを霧散する事ができれば、魔境という現象は終わるでしょう。

 しかし、人間が使用できる魔力は体内の物か、結晶化した物に限られます。

 気体状の魔力を操る技術は発明されていません」


「ならば、事実上魔境は不滅という訳だ……」


「いえ、魔境が消失したという記録は幾つか散見されています」


「ほう、どうやって?」


「その文献には、英雄や軍団が必ず描かれます。

 それらが魔境の魔物を駆逐する事で、魔境は消え去ったと」


「……掴み難い話だ」


「現代研究の仮説として、僕が個人的に推している物があります」


「聞かせて欲しい」


「魔物の体内には魔結晶と呼ばれる鉱物が見つかります。

 高純度の魔力を内包する特殊鉱石で、様々な魔道具の素材として利用されています」


「ふむ」


「魔境が魔結晶を生み、それに触れた動植物が魔化する。

 魔化したモノは、非生物でも自立運動を始め、魔境から離れていく。

 そうする事で、魔石一つ分の魔力が魔境から消失する事になります。

 少し難しいですね、簡単に説明すると……」


「魔物は魔境の自浄作用という事か。

 そして、魔物が自然に離れるより、倒して魔石として放した方が魔力の霧散速度が速いと」


「……はい、その通りです。

 とは言え、魔力が残留する構造自体を破壊しなければ、またその場所は魔境となるでしょう。

 しかし、やはり空気中の魔力には干渉できていないのが実情です。

 少なくとも、魔法で風向きを変えた程度では魔力が霧散しない事は実証されていますので、事実上魔境を完全に消滅させる方法は見つかって居ませんね」


「中々興味深い話だった」


「まぁ、実証されてない仮説ですが」


 眼鏡の教員とお爺さんの会話がヒートアップする。

 他の生徒は興味無さげにそれを見ているだけ。


 毎回こうだ。

 この老人が参加する講義は。


 教員の方も、ちょっと面倒くさがってる人が居るくらいに質問攻めにしている。


 『質問爺さん』


 それが組合でひそかに呼ばれ始めた最強の魔術師の綽名である。

 ウケる。




 講義を終え、廊下を歩きながら。

 私はノア・アルトールへ問いかける。


「天空島の攻略って、本気なんスか?」


「それ以外にやる事が無いとも言えるがな」


 澄ました顔で、老人は答える。


 戦闘、戦術、魔法理解。

 そんな、戦闘用の講義を一切受けず。

 老人は魔境や探索に必要な知識をつける講義を受けている。


 新人冒険者用の講義。

 ここまで本気で取り組んでいるのは、この男くらいだろう。


「トアリ、お前も無理だと思うか?」


 私の数ある偽名の一つを呼び。

 元宮廷魔術師は視線をくべる。


「無理かどうかは分からないっス。

 けど、応援はしてるっスよ」


「お前も冒険者だからか?」


「いえ、諜報活動が生業の私にそういうのは無いっス。

 ただ、私の親は根っからの冒険者で、そこで死んだってだけっスよ」


「ならば、共に来るか?」


「何言ってんスか。

 諜報員の身の上話なんて、10割嘘って分かってるっスよね?」


「あぁ、そうかもしれぬな。

 だが、お前の力は天空島でも使える。

 気が向いたら返事を聞かせてくれ」


 そう、言い終える頃には彼は前を向いていた。

 次の講義がある部屋に向かって歩みを進める。

 ノートや筆記用具を抱えて。


 魔法で収納すればいいのに。

 いや、態々言う事じゃないっスね。


「気が向いたらっスよ?」


 少し笑みを含んだ声を言う。

 同じようにノア・アルトールも返した。


「あぁ、それでいいさ」


 けれど、その声色は少しだけ私のより高い。

 愛想笑いというよりは、何か悪い事でも思いついたように……


「だが、お前は俺の監視なのだろ?」


「え?」


「ならば、俺が本当に天空島の攻略を目指しているのか調べなければならないな」


「あのぉ……何言っちゃってんスか?

 めちゃくちゃに嫌な予感がするッス」


「丁度良い、威力偵察と調査は週に3度は行う予定だ。

 お前も着いてこい」


「……絶対嫌っス」


 私の怯える声を聴いて。

 向き直った大賢者は笑みを浮かべた。


「わはははは」


 私も、それに愛想笑いを返す。


「あ、あははは?」


「着いて来い」


「あ、あは、あははは……はい……」


 庄強すぎるっスよ、この人。

 拒否権無いじゃ無いっスか。


「俺の目的を先に話しておくとしよう」


「天空島の攻略じゃないんスか」


「それは最終的な目標だ。

 その為の中間目標は幾つもある。

 この街には仲間も探しに来たのだ。

 だが、天空島攻略など笑われて終いオチだ。

 だから、俺はお前に恰好を付ける必要がある。


 全力を見せる事しか、俺はお前を靡かせる方法を知らない」


 最強であるという自負。

 己の強さへの自信と矜持。

 それを、明確にこの人物は持っている。


 この街で見る最高位冒険者と同等かそれ以上の……



 ――これは、覇気だ。



 少しだけ、不覚にも見たいと思った。

 この男が本気を出す、その瞬間を。

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