第4話 大賢者、初心者冒険者になる


 ババアの家は一階にリビングが。

 二階に寝泊まりできる部屋が幾つかある。

 俺はその空き部屋を一つ自室にしている。


 起床したメイベルが、リビングに降りて来た。


 対するは、先に起きてリビングで待っていた俺。


「は?」


 メイベルが驚くように口元を抑えた。

 解せぬ。何も変では無いのに。


「何やってんだいアンタ……」


 唖然と。

 焦った口調でメイベルは俺に聞いて来る。


 でも、意味が分からない。


「ただ、髭を剃っただけだ……」


 俺は普段少しダボつくローブを着ている。

 合わせて、長い髭を生やしていた。

 宮廷魔術師として、人気のある格好だ。


 しかし、その恰好はもう辞める事にした。

 つまり、これは変装だ。


「少し出かけようと思ってな」


 俺がそう言うと、メイベルは頷いた。


「まぁ、理屈は分かるけれど。

 なんというか、見慣れなくて奇妙ね」


「言いぐさ……」


 死んだ人間が指名手配されている訳もない。

 しかし、俺の顔は他国にすら有名だ。


 しかし、幸いな事に、俺のイメージはローブと長髭。


 対して今の俺にその要素はない。

 髭とローブが無い俺。

 ついでに、長かった白髪も短髪に。

 樹脂を加工した物で整えた。

 これを、ノア・アルトールだと判別する者は多くないだろう。


「それで、何処へ行くのかしら?」


 コーヒーを口に運ぶメイベル。

 俺も精霊の用意したパンを齧る。


 そして、答えた。


「冒険者の街、トルトニスだ」


「あの野蛮な街に、何か用事があるの?」


「そりゃあるぞ」


 昨日で天空島の戦力は分かった。

 正攻法で攻めるには難易度が高い事も。

 体力魔力共に、尽きるのがオチだ。


 しかし、冒険者とは探索のエキスパート。

 それが集まるトルトニスには、彼等の知識が蓄積されている。


 不慣れな土地、正体不明の魔境。

 その攻略情報が最も集まる場所。


 それは、探索と冒険を生業とする者が集まった街。

 当然、冒険者の街以外に無い。


「魔境探索の心得を知り、冒険者としてのノウハウの研鑚する。

 つまり講習を受けに行ってくる」


「その歳で……?

 あんた、ジジイなのよ?

 強く殴り過ぎたかしら、もしかして脳が腹に入ってたりしないわよね」


 そう言って、本気で心配し始めるメイベル。

 この、ババア……昨日の仕返しか?

 俺はキレた。


「……いいだろ別に!」


 そう言って、パンを喉に押し込む。

 同時に、空門を開いてトルトニスへ向かおうと思ったのだが……


「……喉、詰まった」


「バカね……」


 メイベルに背中を摩って貰う。

 数分し、しっかり飲み込んで。

 俺は、空門ゲートで移動した。




 ◆




 冒険者の街トルトニス。

 来るのは確か5回目くらい。


 この都市は王国と帝国の境界に存在する。

 故、ここでは治外法権が適応される。

 国家間の争いに類する物は禁止という訳だ。


 もし俺が生きていると分かっても、王国が表立って何かする事はできない。


 あっても、暗殺者程度。

 しかし、街で寝泊まりする訳ではない。

 転移という最強の逃走手段も持つ。

 そんな俺に暗殺は効果的では無い。


 軽装に身を包んだ戦士、魔術師の往来。

 それを眺めながら、俺は目的の建物へ向かう。


 冒険者組合。

 土と水の複合魔法。

 それで造られた建造物。


 右手に剣、左手に地図を持った勇敢そうな男。

 入り口の真上にある白亜の壁から、そんな像が浮き上がっている。


 見る度に思う、手の凝った彫像だ。

 名高い建築魔術師が作った物だろう。


 そう考えながら、俺は組合に入った。



「すまない。冒険者になりたいのだが」


 受付の女へそう言う。

 すると、女は俺を見て。


「あー、ちょっと確認してきまっス」


 と言って、どこかへ行った。


 数分して、女は男を連れて戻って来る。

 キリっとした、かなり高級な服を着た男。

 40代くらいか?


 その服は、組合の制服なのだろう。

 しかし、所々に感じる装飾は一点物風。

 態々そんな服を身に着けていると言う事は。


 最高責任者……だろうか……


「この方が……?」


「はい。流石にこのお爺さんが新人冒険者って、無理あるっスよね?」


 女の問いかけに男は沈黙する。

 その視線は俺を見ている。

 ジッと、まるで観察する様に。


「そうだね……

 ご老人、何か事情があると察します。

 少しお話を伺いたいのですが構いませんか?」


 丁寧な物言いで、男は聞いて来る。

 まぁ確かに、この年齢で冒険者登録と言っているのだ。

 目立つし、心配もされるか。


「あぁ、構わない」


「それではこちらへ」


 男の後を追い、組合の奥へ進んでいく。


 まさか、俺がノア・アルトールだとバレた訳でもあるまい。

 処刑された情報は、各国に報道された筈。

 それが、国王の狙いだったのだから。

 加えて、恰好も髭も髪も違うのだ。


 分かるわけが無い。


「ここです」


 一室の扉を開き。

 男は、俺を招き入れる。

 机を中心に2人掛けのソファが2つ。

 奥には執務机があった。


 そして、掛けられた札は『組合長室』。


 まさか、この街の王と言っても過言ではない男の部屋に通されるとは。


「ノア・アルトール様、ですね?」


 ――バレてたわ。


 しかし、別にそれでも構わん。


「何の事だろうな」


 俺は惚ける。

 それで、察するだろう。

 この男ならば。


「事情はお察しいたします。

 これはただの不審人物への聴取です。

 この街へ来た目的をお話しください。

 知っての通り、この街での国家間の騒動はご法度。

 貴方がテロ行為を働くのであれば、私にはそれを先んじて止める義務がある」


「ある国で魔術師として働いていた。

 しかしクビになってな。

 仕方ないので冒険者でもして余生を過ごそうかと思っている」


「なるほど。

 その処刑かいこは、スパイ活動の名目では無いと?」


「これでも中々のポストを持っていた。

 それを解雇する事よりも多くのメリット産めるような街ではないだろう。

 この都市は」


 冒険者の街には何人も喧嘩を売れない。

 ルール無用の魔境で生きる冒険者。

 故に、その任侠は騎士の上を行く。

 この都市への攻撃は、全冒険者の反感を買う。


 そして、その戦力は王国の全兵力と同等。

 加えて、彼等は外交を度外視たした、損得抜きの作戦を行う場合がある。


 鬼の住む街。

 それが、王国の機密情報内で呼ばれる、この街の裏コードだ。


「この都市へ手出しはせぬよ」


「こちらとしては、寧ろ全世界で貴方だけなのですがね。

 この都市へ手を出せる人間が居るとするならば……」


「買い被るな。

 今の俺は、ただの老骨でしかない」


「常勝無敗の英雄が、老骨ですか……?」


「勝利しかせぬ戦いに飽きて、不思議があるか?」


 俺の言葉に、男は息を呑む。

 喉を鳴らし、少し汗が酷くなる。


「そう、心配するな」


 空庫を開き、手を入れる。


「何を……!」


 引き出すのは、天空島から持ち帰った植物だ。


天鈴花てんりんか……ですね……」


「何、ただの土産だ」


 天空島にしか咲かぬ植物。

 精神防御系の魔法薬の素材になる。

 天空島には無限に咲いている。

 しかし、地上では高級品だ。


「常勝等ではない。

 俺にも敗北はある。

 だから、その負けを克服するため。

 俺は冒険者になりに来たんだ。

 天空島を攻略する為に」


 スズランに似た白い花を花瓶に入れ、机の上に置く。


「もう、俺は王国とは関係ない。

 信じろとは言わぬ。

 好きな処置を取ればよい。

 だが、貴様も冒険者なら理解していよう。

 天空島を攻略できるかもしれないのは、俺だけだと」


「伝説の島です。

 今まで、何万人と冒険者が帰ってこなかった。

 それを、どうにかできると……?」


「逆に聞こう。

 俺以外の誰が、どうにかできる?」


 前人未踏の未開の場所。

 その探索、開拓が冒険者の仕事だ。

 そんなプロでも天空島を地獄と呼ぶ。


 けれど、俺の空間魔法があれば夢は現実へ近づく。


「知恵も欲しい。

 知識も欲しい。

 道具も欲しい。

 技術も欲しい。

 仲間も欲しい。

 手を貸せ、組合長」


「ドルフ・ティーシェン。

 それが、私の名前です。

 ノア・アルトール様」


「ではドルフ、答えを聞こう」


「この街で冒険者としての活動を認めます。

 しかし、監視を付けさせていただきます。

 よろしいですね?」


「あぁ、先ほどの受付の女で良いぞ。

 街に俺が来た瞬間から監視していた。

 中々に上等なシーフだな」


 空覚ビジョンを持つ俺の前で、隠密は不可能だ。

 怪しい動きは直ぐに分かる。


 受付の女。

 衣服を、髪色、髪型、化粧を変え。

 何度も別人として、常に俺の近くに居た。


「入って来るがよい」


 俺は入って来た扉を開く。

 そこには、受付の女が立っていた。


「聞いてたより、怪物的っスね」


「よろしく頼む」


 俺の言葉に、ドルフも女も言葉を詰まらせていた。

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