宙を焼く

 翌日の早朝、博士が研究室の扉を開くともう白衣に着替え準備が整ったような顔をした助手が博士の事を待っていた。


「君、今日は早いね。」


「博士、決心はつきましたか。」


 決断を催促する助手の顔を見て博士はそれを断固拒否するかのように硬い表情をしながら助手の方を向く。


「一晩悩んだがね、やはり君の言うような直接的な手段に出るのはどうかとは思うよ。我々は仮にも研究者ではあるのだから、生命についての倫理は守らなければならない。それはたとえミリにもマイクロにも及ばない生命であってもだ。生命体の大量虐殺も厭わない実験など私はそれを許す気にはならない。」


 その言葉を聞いた助手はかなり不満があるようで博士に突っかかる。


「博士、甘いですよ。そんな考えでは予算も得られずにこの極小宇宙の装置すら電源を落とさざる得ないんですよ。やるべきなんですよ。我々だけでなくこの極小銀河の為に。我々が予算を得られなければこの宇宙ですら終いです。」


「君、だとしても私は、私が手を掛ける事は出来ない。」


「であれば私がやります。そのためにこれを持ってきました。」


 助手は懐から発表会などに使うレーザーポインタを取り出す。


「これをこの宇宙に向かって数秒間照射します。例え私達人間にとって余り害の無いレーザー光でもこの極小宇宙では数百、いや数億、無限大の光となって星々や恒星、銀河その物を焼くでしょう。そこから這い上がって来る者がこの宇宙をさらに発展させ、エントロピーの増大を促し、そして我々の研究と予算の獲得にも繋がるのですよ。」


「君は一体何を焦っているのかね。普段の君らしくもない。」


 博士は成果を求めて焦るように事を始めようとする助手を諫めようとする。


「私は彼女と約束したんですよ。研究できちんと結果が出たら結婚するって。その彼女をもう3年も待たせているんですよ。彼女の親からも釘を刺されましてね。」


「君にはきちんと給与は出している筈だ。彼女から唆されたのか、君が。」


「彼女からは毎日のように研究の結果が出せたのかと問い詰められてますよ、ええ。」


「ならばなおの事、一度冷静になり給え。ここで焦ってはならん。」


「博士、もう時間が無いのです。」


 助手は博士の静止を振り切り、レーザーポインタのスイッチに指をかけ照射する。


 放たれた赤いレーザー光がガラスカプセルの容器を通り越しその中に浮かぶ極小宇宙目掛けて飛び込むと、その刹那極小宇宙がほんの0コンマ程度の時間の間眩く光り輝いた。

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